世界新記録の通算756号本塁打を放ち、バンザイする巨人・王貞治(右)。左は張本勲=1977年9月、後楽園球場 ソフトバンク・王貞治会長(86)が10日、みずほペイペイドームで取材に応じ、9日に死去した張本勲さんを悼んだ。1940年生まれの同い年で59年にともに高卒でプロ入り。張本さんが76年に巨人に移籍し、4年間一緒にプレーした。77年に世界記録の756号を放った際には〝ナナメ大ジャンプ〟で祝福してくれた無二の戦友との永遠の別れに「胸を張って天国に行ってほしい」と話した。
予期せぬ別れだった。王会長は10日朝、張本さんの訃報を関係者から伝えられた。先日、腰の手術を受けたことは聞いていた。
「体そのものは具合が悪いと感じていなかったんで、今度の知らせにはびっくりした」
1959年に張本さんは大阪・浪華商高(現大体大浪商高)から東映へ、王会長は東京・早実高から巨人に入団した。
「2人で同い年で頑張ってきた。彼は1年目から新人王を取ったりして立派な成績だった。指のハンディキャップもあったりしたけど、3000安打以上放ったのは彼一人だから。負けん気はずっと感じていたね」と振り返った。
76年に張本さんが巨人移籍。77年にハンク・アーロンを抜く世界記録の756号を放った試合では、両手を広げる現役時代の王会長のバックで、張本さんが大ジャンプ。ナナメに飛び上がって祝福した。無二の戦友に「ライバル視してね。それでお互いに成績もプラスになっているし、選手寿命も伸びたと思う」と感謝した。
在日コリアン2世の張本さんと、日本生まれの王会長も中華民国国籍。それぞれのアイデンティティーについて通底するものもあったに違いない。だから、心の距離も近かった。プロ4年目、球宴が張本さんの出身地・広島で開催された。
「彼が広島でやるんだったら、俺のとこに泊まってくれって言われて(張本さんの実家に)泊まったことがあるんだよ。その時はお母さんも元気で、ごちそうになってね」と思い出を明かした。
「技術的には僕よりも、よっぽど難しい打ち方をしているな…といつも思っていた。面でボールを捉えるのがものすごくうまかった。残念ながら天国に旅立ったけど、胸を張って天国に行ってほしいね」
昨年6月に死去した盟友、長嶋茂雄さんに続く心の空白。懸命に言葉を紡ぎながら、世界の王が途方もない喪失感に包まれていた。(大澤謙一郎)