阪神の来年3月開場となる新2軍球場の話題が増えてきた。24日には敷き詰められる芝生の種類が紹介され、甲子園と同じ3断層を採用して水はけがよく、年中、美しい緑の芝が維持されるんだとか。大阪方面から阪神電車に乗って甲子園に〝出勤〟する立場としては、車窓の楽しみがまた一つ-。
芝生を見せてもらえるのはもう少し先の話だが、建設中の新球場の外観で、いつも気になっていることがある。それは球場を取り巻く防御フェンスの高さ。
「あの高さで、打球は飛び出さないんだろうか?」
素人だから、余計な心配をしてしまう。先日、そんな雑談を、古参の球団フロントとした。
「それは大丈夫らしいで。絶対に出ないと言ってた。飛び出したら、阪神電車に当たるやろ。大事件や。人間では絶対に出ない高さのフェンスになるらしいわ」
そう教えてもらった。
そんな流れで、昔話になった。現在の2軍施設、鳴尾浜球場ができる以前。尼崎市内の浜田球場が2軍の鍛錬の場だった。
ここのフェンスも〝超高層〟だった。飛び出すと、そこは阪神バスの車庫。バスに当たったら大変だ。外野スタンドなどない浜田球場には特別ルールがあった。フェンスには横に太い大きな柱があって、2段目以下ならインプレー。2段目より上に当たりとホームラン。場外弾は2軍選手ではありえない…という環境でのウエスタンの試合がよく行われていた。
越えないはずなのに、越えてしまった…という話で思い出すのは安芸市営球場で行われた1995年秋季キャンプ。当時監督・藤田平は「メイン球場を使用すると、ブルペンの様子を確認するのに時間がかかる」と判断。打撃練習もサブグラウンドで行うことにした。これなら、約100メートルの移動で、打撃陣も投手陣も現状把握できる。
ところが、大きな誤算が発生する。サブグラウンドで打撃練習を行うにあたり、左翼方向の防球ネットは「打球は絶対に越えない」と球団が判断したのだが、いざ、練習が始まると、新庄剛志(現日本ハム監督)らの打球がポンポンとオーバーフェンス。
そして、この着弾点には阪神グッズや食事を販売する露店が立ち並んでいたのだ。
怒ったのは、店の責任者たち。キャンプ初日に球団に猛抗議してきた。が、そこには、〝当たるを幸い〟戦い続ける男、絶対に引かない男、藤田監督がいた。信念の人。通称「鬼平」だ。
「何が悪い!」
かくして、キャンプ初日の様子を伝えるサンケイスポーツの1面見出しは-
「鬼平vs屋台のオヤジ」
防球ネットの読みの甘さが、とんでもない場外バトルを呼び込んでしまうことに。
「絶対」というフレーズが必ずしも…という例をもう一つ。
1990年6月6日。近鉄バファローズのラルフ・ブライアントが、東京ドームのスピーカー直撃弾を放つ。希代のアーチストがぶっぱなした日本プロ野球史上初の「認定本塁打」だ。
東京ドームのセンターの守備位置のやや前方の天井から、スピーカーがつり下げられていた。そこに打球が当たったのだ。一応、ドームのルールには「外野フェアゾーンの懸垂物に当たれば本塁打」の規定があったが「当たるはずがない」と誰もが思っていた。
当時の近鉄担当として、常識を超えた一撃を目撃。大騒ぎだ。建設会社を取材すると「計算上、人間では当てることができないはず」とコメント。だから、当時の東京ドームは「〇〇に当たったら100万円」「この看板直撃なら100万円」と、賞金ゾーンがいくつもあったが、スピーカーはその候補外。ブライアントが直撃したことで、後に「スピーカー直撃100万円」の設定がなされるが、ブライアントは1円も手にしていない。
打者たちは不断の努力で技術をパワーを磨く。その結果、「人間では無理」とみなされた打球も飛ばしてきた歴史がある。
おそらく尼崎の新球場は、最新の計算をしつくして、絶対に打球が飛び出さない〝超高層〟フェンスができあがるのだろう。大丈夫だろう。ただ、「絶対にない」を越える夢のような打者の登場も、心の片隅で期待している。