私の実家は、約300年前の江戸時代(享保年間)から続く京都・祇園の料亭、鳥居本(とりいもと)で、8代目の父と舞妓だった母の間に生まれました。京都は伝統を大切にする土地柄で、小学1年から高校まで姉と一緒に日本舞踊を習い、ピアノ教室にも通いました。
元々恥ずかしがり屋で人見知りでした。でも、習い事の発表会を通して、徐々に人前に出ることに慣れてきた小学6年の頃、実家のお客さまで来ていた相米慎二監督(故人)に誘われ、映画のオーディションを受けたのが芸能界入りのきっかけです。そして、監督がメガホンを執った「お引越し」(1993年)のヒロインの少女役でデビューしました。それからドラマ「向田邦子シリーズ」にも毎年、出演するようになりました。
そんな折に朝ドラのヒロインに決まったので、両親もとても喜んでくれました。普段から一流の歌舞伎俳優や芸能界のお客さまと接していることもあり、「やるからにはとことんやりなさい」と。それからは撮影に備え、東京のマンションに移り住み、マネジャーにも同じ階に住んでもらいました。女優の道に進もうと吹っ切れた私は大学を1年で退学しました。
「私の青空」の舞台は、なずなの故郷である青森・大間と東京・築地。恋人のマグロ漁師、健人(筒井道隆)の子供を身ごもりますが、なんと結婚式当日に逃げられてしまいます。やがて誕生した太陽と前向きに生きる姿が描かれるのですが、当時の私は18歳。結婚も母親の心境も全く分かりません。内館牧子さんの脚本と格闘しながら、とにかく役と向き合うことだけ考えました。