写真撮影に応じる日本ハム・畑佳秀オーナー(左)、日本ハム・新庄剛志新監督(中央)、日本ハム・川村浩二代表取締役社長(右)=札幌市 プレミアホテル-TSUBAKI-札幌(撮影・三浦幸太郎)-―さまざまな監督の下でプレー。故野村克也監督から継承していきたいものは
「野村監督とは野球の話をほとんどしたことがない。プライベートな話をよくしていた。(野村監督のモノマネをしながら)『おい新庄、どこの洋服がいいんや』『ヴェルサーチ、いいですよ』『ヴェルサーチってなんや』みたいな。数々の監督のいい部分は取り入れながら僕の個性、アイデアを優先してやっていきたい」
-―現役時代に「これからはメジャーでもセ・リーグでもない、パ・リーグです」と発言。今、続きをつくるなら
「新庄剛志です。(肯定の意味で)じゃない? 僕ね、普通に会話したことが名言になっちゃう。これからどんどんできていくと思います。期待してください」
-―選手に求めることは
「人間性は大事。人の悪口を言わない。『いただきます』『ありがとうございました』を言える選手を育てたい。選手たちには、プライベートの生活はのちに役立つと教えていきたい。プレーはみんな、うまい。きっかけをつかめばドッカーンといく(成長する)期待はしている。でも人間性はなかなか変わらない。そういうところを変えていけたら」
--稲葉篤紀GMについて
「あっちゃん(稲葉GM)と会ったときに『あなたはGM兼左打者専用の打撃コーチを、ジャージーを着てしてください』と。僕も監督兼外野守備コーチという気持ちでやる。新しい日本ハムは、何にでもトライしていく。(両手を鼻の頭につけて)GMでこんなん(天狗に)なっていたらへし折りますよ」
-―選手に伝えたいことは
「選手の顔と名前を全く知らない。ただ1年間、勉強してプレーはインプットしている。キャンプに行って顔と名前と答え合わせして、いいチームをつくっていきます。ここから楽しく厳しく。そういう気持ちでオフシーズンを過ごしてほしい」
―-抱負を
「夢はでっかく、根は太く。土台をしっかり作って、夢に向かって突き進んでいきたい」
■日本ハム時代の新庄語録
★「これからはメジャーでもない。セ・リーグでもない。パ・リーグです! とにかく、このスタンドをいっぱいにしたい」(2003年12月3日、札幌ドームで日本ハムへの公開入団会見)
★「僕のお尻を見てほしい。ハワイで4、5時間練習してから、お尻を焼いていました」(04年2月の春季キャンプ初日)
★「北海道を出るときに、『MVPは俺のものだ』と言って、本当に取れるとは…思ってました!」(04年7月、長野での球宴で史上初の単独本盗を決めMVP)
★「ああいう場面でしか打てない自分が、だいちゅき」(04年8月18日のダイエー戦で日本復帰後初の満塁本塁打。打法名は『ボクちん、ヒーローになっちゃう打法』)
★「ヘラヘラして、相手をカリカリさせて勝ちたい」(06年1月、恩師・野村監督が率いる楽天との開幕戦に向けて)
★「28年間、思う存分野球を楽しんだぜ。今年でユニホームを脱ぎます打法」(06年4月18日のオリックス戦で2号ソロ。試合後のお立ち台で同年限りでの引退を宣言)
★「今年はたぶん無理です。MBPくらいを狙います。爆笑(B)を取ってきます」(06年7月、最後の球宴でMVPへの意気込みを問われ)
★「俺、毎日が日本シリーズなら4割打てるわ」(06年の日本シリーズで。レギュラーシーズンは観客数が多くなるほど打率が上昇。札幌ドームで観客が4万人を超えた日は打率4割超)
★「持ってるわ、俺。本当にこの漫画みたいなストーリー、でき過ぎてません? 今後、体に気をつけたいと思います。小学校から優勝というのに縁がなくて、辞める年に優勝できたなんて」(06年の日本シリーズを制して)
★「体力の限界はあっても頭の限界はない。頭のトレーニングをしていこうと思っている」(06年10月27日の現役引退会見で)