矢野コーチも「先輩に『連れていってください!』って言うのは、俺もそんな得意なほうじゃなかった…」と前置きした上で、「別に野球の話はしなくても『こんな考えを持っているんや』とかね。俺やったら『矢野ってこんなところもあるんや』とか。分かってもらうことで、試合に通じるところっていうのは出てくる」と力説する。
自身が駆け出しだった中日時代には、当時の剛速球エースだった小松辰雄氏(57)と食事に行き、多くのことを学んだ。「小松さんは(サインに)首を振らないんだけど、新聞とかには『俺(小松さん自身)が悪かった』と出る。未熟なリードをして小松さんに申し訳ないな、というのは、普通にバッテリーを組んでいるだけじゃ分からなかったかもしれない。より準備とかね、いいサインを自分の中で出せるようにとか、自分も自信を持って出せるようにとなっていった」。趣味や嗜好、人柄も知ることで、より一層組むにふさわしい捕手を目指すようになったという。