しかし、幼稚園のとき、小児性の腎臓の難病を発症。5歳から入院生活を送ることになった。
「両親は、担当の医師から『助からないかもしれません。覚悟はしていてください』といわれていたそうです」
ある朝起きると、同じ病室の向かいのベッドにいた子がいなくなっていた。数カ月経つと、隣のベッドの子も姿が見えなくなった。
「元気になったから退院したんだよ」
両親や看護師からはそう説明された。それは本当だったこともあったが、違うケースもあった。病状が悪化して別の治療を受けるため転院していった子もいた。
「後になって、実は亡くなっていたと知ったこともありました」
幸いなことに小早川は1年間入院した後、退院。小学校にも遅れることなく入学できた。ただ、経過観察のため2週間に1度の通院が必要で、小4まで体育の授業も運動会も見学するだけになった。しかし、これも小早川少年の〝規格外〟の不思議なところだが「昼休み時間はドッジボールのヒーローだった」という。
「お医者さんからは『体育の授業も運動会もだめだよ』といわれました。だけど、休み時間のことは何もいわれていなかったので、動いてもいいんだろうと。勝手にそう思ったんです」