ラグビーボールを手にポーズを取る舘ひろし=東京都稲城市(撮影・福島範和)
ラグビーボールを手にポーズを取る舘ひろし=東京都稲城市(撮影・福島範和)
ラグビーボールを手にポーズを取る舘ひろし=東京都稲城市(撮影・福島範和)
ラグビーボールを手にポーズを取る舘ひろし=東京都稲城市(撮影・福島範和)
ラグビーボールを投げる舘ひろし=東京都稲城市(撮影・福島範和)
ラグビーボールを手にポーズを取る舘ひろし=東京都稲城市(撮影・福島範和)
ポーズを取る浅丘ルリ子(左)と舘ひろし=神奈川県川崎市(撮影・福島範和) ギャラリーページで見る「素の舘ひろしかもしれない」。28日スタートのNHKBSプレミアム「生きて、ふたたび 保護司・深谷善輔」(日曜後10・0)が石原プロモーション独立後初ドラマとなる俳優、舘ひろし(71)は、犯罪や非行をし更生しようとする人に、ときに厳しく、ときに優しく寄り添う主人公を、こう表現した。さらに、4月1日の舘プロ設立時に石原プロの「映画作り」の継承を公言したが、もう一つ引き継いだ差し入れの「おはぎ」の話も告白。いまの自身を作り上げた家族、祖先の話まで語り尽くした。(ペン・栗原智恵子 カメラ・福島 範和)
■日活育ちの大女優に感謝 雲一つない秋空の下、墓石の前に立った舘は、突如現れたヘリコプターの音で撮影が中断しても保護司・深谷善輔としてのたたずまいを持続させ、再開を待った。
高校の国語教諭でラグビー部顧問だった主人公の善輔が、犯罪や非行をした人の更生を支える民間ボランティアとなり、仮出所中の人々と向き合う物語。「(保護観察の)対象者と被害者との間で感じる葛藤やジレンマは、今までに経験したことがないものだった。けれど、僕のスタイリッシュで、ハードボイルドなところを取っちゃえば、素の舘ひろしって、あんなところかもしれない」と充実の表情を浮かべた。
38年間所属した石原プロ独立後初ドラマ。くせの強い対象者役の浅丘ルリ子(81)との初共演には「自由で、それでいて覚悟があって、日本の女優さんにはいないタイプ。石原(裕次郎)さんや渡(哲也)さんと同じ日活で育ったフィールドのせいか、すごく安心した」と恩人2人と同じ空気感を持つ大女優に感謝した。
■受け継ぐ石原プロの志 俳優としてのバックグラウンドを形成してくれた石原プロ。同社を創設した石原裕次郎さん(享年52)を渡哲也さん(享年78)が、その渡さんを舘が敬愛してきた。
それだけに舘プロ設立時に掲げた石原プロの志「映画作り」同様、差し入れの「おはぎ」も受け継いだ。「舘プロの最初の仕事はおはぎ選び。決め手はあんこが甘すぎない祖母のおはぎと母のぜんざいの味と似ていたことでした」と笑う。
「厳しい人」という母の舘初子さん(94)は、高校時代の成績は常にトップの才女で、今でも息子を「たわけ」と、たしなめられる唯一の人。「勉強も厳しかったけど、(強い子供に育てるため)小1の夏休みに1人でバスに乗って、1時間ほど掛けて母の実家へ行かされた」と懐かしそうに振り返る。
■伝統ある舘家の人々 舘は愛知県立千種高に入学。ラグビー部主将としてチームを引っ張り、強い精神はここでも鍛えられた。その後、医師の父、舘栄一郎さん(2013年死去、享年90)の跡を継ぐべく医大を受験するも2度失敗し、千葉工大工学部建築学科へ。
そこで在学中に結成したバイクグループ、クールスの選抜メンバーで作ったロックバンドのボーカルとして芸能界入り。そんな中、両親は大学へ行かない愛息がいつでも戻れるようにと、「僕に一切言わず千葉まで授業料を納めに来てくれていたんです。僕が33歳のとき、『西部警察』の名古屋ロケを見に来ていた両親に、小林(正彦)専務が『舘君は俳優として大丈夫です』と言われるまで学費を納めてくれていました」と感謝する。
父は舘が小学6年のときに開業。「当時、設計図を見ておやじに意見を言ったら『子供は黙ってろ』と。でも次の日に『昨日は悪かった』と謝ってくれて、おやじは紳士たる態度を教えてくれた」と懐かしんだ。その根幹には名古屋高等工業学校(現名古屋工大)卒の父方の祖父で土木技術者だった喜八郎さんの存在もある。「舘家が封建制度から近代国家に向かうときに島国で伝統のあるイギリスをまねた人で『初めて会った人と次にあったときも態度を変えるな』ってよく言われました」。舘の立ち居振る舞いは、こうした中で自然と育まれていったようだ。
■幕末の頃から鉄砲使い さらに祖先が、戊辰戦争に参加した尾張藩で殿様の鉄砲を管理するお手筒同心だったと告白。「あぶない刑事」シリーズをはじめ「自分が鉄砲を使う役が多いのが分かるよ」と不思議なつながりを口にした。
来年、6度目の年男を迎える。「本当に運だけでここまでやってきた。石原プロの看板は外れたけど、渡さんや小林専務たちのおかげで周りにいた人たちが変わらず付き合ってくれているのが、石原プロが残してくれた財産です」。
年を重ねてなお、攻めの姿勢を貫く舘の進化は止まらない。
◆舘 ひろし(たち・ひろし、本名=舘廣) 1950(昭和25)年3月31日生まれ、71歳。名古屋市出身。75年、ロックバンド「クールス」のボーカルとして「紫のハイウェイ」で歌手デビュー。翌76年に映画「暴力教室」で俳優デビューした。82年に出演したテレビ朝日系「西部警察」をきっかけに、83年に石原プロモーション入り。84年「泣かないで」で紅白歌合戦に初出場。86年から始まった主演「あぶない刑事」シリーズはテレビ、映画で大ヒット、2016年に最終作が公開。18年公開の主演映画「終わった人」でモントリオール世界映画祭最優秀男優賞を受賞。21年3月には47年越しで千葉工大を卒業。
★浅丘ルリ子を支えた〝男気〟 息子をあやめ、善輔の保護観察対象者となる小山結子を演じた浅丘は「舘さんに悪態ばかりつく役。せっかくならもっと良い役でやりたかった」と苦笑い。初対面では手を握り「早くお会いしたかったです」とあいさつされたといい、「私がフラフラしていると椅子をすぐ持ってきてくれたり、腕をかしてくれた」と感謝。激しい気性の役柄には「(女優歴)66年で初めて帯状疱疹(ほうしん)を経験しました」と振り返った。
また、ドラマでは善輔の教え子役で舘プロ所属俳優、小越勇輝(27)が舘と初共演。舘は「感性は良いものを持っている」と評価した。