サンケイスポーツでは、競泳400メートルリレーで東京五輪代表に選ばれた池江璃花子(20)=ルネサンス=の特集を数多く展開してきた。当時の記事を紹介する。(年齢、肩書等は掲載当時のまま)。

■生まれなど 2000(平成12)年7月4日。東京・江戸川区出身。日大3年、ルネサンス所属。

■誕生はお風呂場 母の美由紀さんが、赤ちゃんに負担が少ないという理由から、自宅に助産師を呼んでお風呂場で出産した。

■兄弟 姉と兄の3兄弟の末っ子。

■うんてい 本を読んで、手でつかむことが脳の発達を促すと知った母の美由紀さんが、生後6カ月には自身の親指をつかませていた。自宅の天井にはうんていが設けられている。

■競技歴 姉と兄の影響で3歳から始め、5歳の時には自由形、背泳ぎ、バタフライ、平泳ぎの4泳法すべてで50メートルが泳げた。東京ドルフィンクラブを経て、14年にルネサンス亀戸に移籍。小岩第四中1年時の3月の全国大会(13~14歳区分)では、50、100メートル自由形で短水路中学記録を更新し優勝。50メートルバタフライでも優勝。同2年時の4月の日本選手権に初出場し、50、100メートル自由形、50メートルバタフライで中学生ではただ一人、決勝に進出した。現在は個人では100メートルバタフライなど5種目の日本記録を持つ。

■16年リオデジャネイロ五輪 日本競泳史上最多となる7種目に出場。最も得意とする100メートルバタフライでは予選、準決勝、決勝と泳ぐたびに日本記録を更新し、5位。

■18年アジア大会 50、100メートル自由形、50、100メートルバタフライ、400メートルフリーリレー、400メートルメドレーリレーの6種目で優勝。日本人初となるアジア競技大会6冠を達成し、大会MVPに輝いた。

■ライバル サラ・ショーストロム(スウェーデン)。池江が5位だったリオデジャネイロ五輪100メートルバタフライで金メダル。18年には合同合宿を行うなど、切磋琢磨(せっさたくま)する仲。

■サイズ 身長171センチ、リーチ183センチ。足のサイズ26・5センチ。

■特技 イメージトレーニング。招集所から優勝インタビューまでを頭に描く。

■親交の深い友達 フィギュアスケートの樋口新葉、卓球の平野美宇。

■最近の趣味 ウクレレ。

■嫌いな食べ物 貝類、エビなどの海鮮類。

■白血病から復活 19年2月に白血病と診断される。過酷な闘病生活を経て同年12月に退院。20年8月に競技復帰し、21年4月の日本選手権でリレー2種目での東京五輪代表を決めた。

リオデジャネイロ五輪はきょう6日で開幕(8月5日=日本時間6日)まで「あと30日」。メダル獲得が期待される競泳女子日本代表の池江璃花子(りかこ、16)=ルネサンス亀戸=に迫った。リオでは100mバタフライなどリレーも含めて競泳陣最多の7種目にエントリー。急成長しているヒロイン候補の横顔を紹介する。(取材構成・角かずみ)

■最多7種目登録

リオのホープは、4日に16歳の誕生日を迎えたばかり。本番で日本代表最多の7種目にエントリーされた池江は高校の制服で、ものおじせずに抱負を口にした。

「タフなレースですが、若さとパワーで頑張ります」

前回2012年ロンドン大会のときは、まだ小学生。女子メドレーリレーの記憶しかない。その前の08年北京大会は競技の思い出すら残っていなかった。

東京・淑徳巣鴨高の1年生。母・美由紀さんから、生まれたとき“英才教育”を受けてきたが、プールを離れれば普通の16歳と変わらない。自宅の風呂場で、代表でのチームメートである今井月(るな、15)と長電話して、母から携帯電話を没収されたこともある。

好きな芸能人は俳優でモデルの坂口健太郎(24)。今どきの女子と同じく、薄い顔(目が切れ上がり、まぶたが一重か奥二重、色白など)を意味する「塩顔」がお気に入り男子の条件だ。

また、15歳最後の日となった3日の日本選手団結団式・壮行会では他競技の選手と初めて会って、大興奮していた。「(陸上)短距離の桐生(祥秀)さんとケンブリッジ(飛鳥)さんはテレビと違うイメージで雰囲気がありました。自分も五輪に出られるんだと実感できた」。

女子高校生らしい横顔を見せながらも、プールに入ると、一変する。特に今年に入ってからの成長ぶりは著しい。

日本選手権(4月)の100mバタフライでは日本新、代表の座を手にした。6月26日には東京都高校選手権で100m自由形の日本記録を更新。2月の50m自由形を含めると、約半年で3種目の日本記録保持者となった。中学3年間で身長が15cm伸びて1m69。体も記録も伸びる一方だ。

■身長もグイグイ

競泳女子で日本の10代選手が金メダルを奪ったのは、1992年バルセロナ五輪200m平泳ぎの岩崎恭子(日本選手最年少「金」14歳6日)の例がある。

美由紀さんが水中出産を選択し、池江が生まれたのは自宅の風呂場。“水の申し子”が、開幕まで30日となったリオで岩崎のような快挙を演じる可能性はある。

■母・美由紀さんが英才教育!!天才スイマーの“作り方” 握るで運動神経 右脳で潜在能力ひきだした

◆0歳から「七田式」

池江の急成長の裏には母・美由紀さんの教育法がある。

約23年前、美由紀さんは僚紙・産経新聞に掲載されていた育児コラムに目を奪われた。筆者は、「右脳」の力を引き出すことを目的とした幼児教育(七田=しちだ=式教育)を提唱した七田眞氏(2009年、79歳で没)。母はその後、児童教育の勉強を重ね、現在は幼児教室『七田チャイルドアカデミー本八幡教室』の代表。池江は0歳から小学校卒業まで通っていた。

美由紀さんの英才教育はまず、「握る」を重視。握る行為が、運動神経を活性化させるという理論に従い、池江が乳児のころから自身の親指をつかませた。教室や自宅にうんていを設置。日常的に「握る」ことができる環境を生み出した。

また、直感力や記憶力をつかさどる右脳を働かせるために、幼少期からイメージトレーニングを繰り返させた。「右(脳)を使えるようになればより潜在能力を引き出すことができる」と美由紀さんは説明する。

◆緊張しない性格に

さらに、アカデミーでは、授業の最後に発表の時間がある。「人前で教えられたことができるように」(美由紀さん)というのが狙い。人前に立つことに慣れた池江は、緊張とは無縁の性格となった。

“英才教育”と競技成績の因果関係を聞かれても「よく分かりません」という池江だが、プラスに働いていることは間違いなさそうだ。



(リオデジャネイロ五輪第3日、競泳女子100mバタフライ決勝、現地7日、五輪水泳競技場)日本新3連発だ!!女子100mバタフライ決勝で、池江璃花子(16)=ルネサンス亀戸=が56秒86で6位に入賞した。前日6日の予選、準決勝に続き、3本連続で日本新記録をマーク。わずか2日で0秒69も自己ベストを縮め、泳ぐたびに日本新を更新する衝撃の五輪デビューを果たした。メダル獲得はならなかったものの、2020年東京五輪へ、16歳の女子高生スイマーが大きな弾みをつけた。

■「最後まで諦めず」

大歓声にもかき消されない、強い意志が池江にはある。「ここで56秒台を出す」。緊張でわれを忘れてもおかしくない状況で、頭には一点の曇りもなかった。リオの掲示板に示されたのは「56秒86」の数字。狙った記録でゴールした。

「みんなに『6秒台を出してね』といわれていたので、目標を達成できてよかった。最後まで諦めないで泳ぐことができたので、56秒台が出た」

3位に0秒23差の6位。準決勝は全体3位のタイムで期待されたメダルには届かなかったが、表情は晴れやかだった。

前半から飛ばす海外勢に対して前半をやや抑え、後半で勝負するプラン。いつもならラスト25m付近から上がってくるが、それ以上に周りも速かった。それでも個人3レース連続での日本新。2日間で5本目のレースにも疲れを見せない16歳は、「決勝に行ければ」という試合前の目標を上回る結果を残した。

こうと決めたらとことんやる-。それが強さの秘密だ。2歳になる前、「きょうだい3人で分け合って食べなさい」と母・美由紀さんに買ってもらった1つのアイスクリームを、「自分で持って食べたい」とただ一人反対を向き、最後まで口をつけなかった。きょうだいで悪さをして「出ていきなさい」と怒られたときは、母に謝る兄を引きずって出ていった。

■原動力は強い意志

頑固と言えるほどの意志の強さが、音を上げてもおかしくないきつい練習でも手を抜かずにこなせる原動力だ。身長1m70に対して1m83という長いリーチと、抵抗の少ないフラットな泳ぎ、そして高1とは思えぬ精神力。世界に「IKEE」の名をとどろかせた。

■きょう200自!!

赤ちゃんに負担が少ないと知った母の考えで、自宅での水中出産で生まれた女の子が16歳になって挑む、初めての五輪。最も力を入れていた種目は終えたが、日本代表最多の7種目にエントリーしており、あと5種目を残す。次は8日(日本時間9日)に予選が始まる200m自由形だ。

目標とする「東京五輪で金メダル」のため、残りの日数で世界との差を感じることが糧となる。この決勝で1位のサラ・ショーストロム(22)=スウェーデン=が出した55秒48は世界新記録。すぐ隣のコースで泳ぎ、速さを体感した。

「金メダルを取る精神力をこれから備えたい」

まだまだ発展途上。五輪でしか得られない貴重な時間を、池江が全身で楽しむ。 (角かずみ)

■その時

池江が通う東京・豊島区の淑徳巣鴨高では8日朝、観戦会が開かれ=写真、生徒や保護者ら約300人が声援を送った。普通科の1年10組でクラスメートの福沢真平さん(16)は「授業の合間に板チョコをほおばっている姿とはギャップがある」と驚きの表情。友人の岩崎有里乃さん(16)は「プリクラを撮りに出かけたり、メーク道具について話したりする、普段のかわいい感じとは全然違いました!」と、同級生の快挙に声を弾ませた。

■母・美由紀さん「4年後リベンジしようね」

◆観客席で見守った母・美由紀さん 「うれしいこと半分、悔しいこと半分。4年後(の東京五輪)はリベンジしようね。ずっと応援しているから」


白血病からの復帰を目指す競泳女子の池江璃花子(19)=ルネサンス=が18日、写真共有アプリ「インスタグラム」などを更新し、ウィッグを外した短髪姿を初めて披露した。昨年2月に病気が判明し、抗がん剤の影響で髪が抜けていた時期があったが「今のありのままの自分を見てもらいたい」との思いから初公開した。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で世界中が不安に包まれるなか、病気と闘いながら力強く前進する女性像を発信した。

凜としたたたずまい。瞳の奥に、しなやかな強さをにじませた。昨年2月に白血病と診断された19歳の池江が、ありのままの姿を披露した。

「今日、みなさんに初めてこの姿をお見せします。今のありのままの自分を見てもらいたいという私の気持ちを、SK-IIは大事にしてくれました」(原文ママ)

自身のSNSを更新した池江は、これまでつけていた部分付け毛のウィッグを外し、抗がん剤の影響から抜けた髪がベリーショートにまで生えた姿を公開した。新たにスポンサー契約を結んだプロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(P&G)のスキンケアブランド「SK-II」との協力による企画で、強い女性像を発信した。

池江のツイッターでは、アップしてからわずか30分で「いいね」が1万件を超えた。インスタグラムでは、女子100mバタフライの世界記録保持者で、一緒に合宿を行うなど親交のあるサラ・ショーストロム(26)=スウェーデン=から「So beautiful」とコメントが付くなど、世界中から反響が寄せられた。

過酷な闘病生活を乗り越え、昨年12月に退院。今月9日に放送された「NHKスペシャル」(土曜後7・30)では、闘病で体重が57キロから約10キロ落ちたことや、免疫抑制剤など1日20錠の薬を服用している様子が明かされた。一方で、腕立て伏せや懸垂のトレーニングを積み、3月17日には406日ぶりにプールに入るなど、一歩ずつ前進している姿をファンに報告した。

現在は新型コロナウイルス感染拡大の影響で、外出を自粛している。自身のSNSでは1000ピースのパズルに挑戦する様子をアップしたり、親友で競泳女子の今井月(るな、19)=コカ・コーラ=とインスタライブをしたりと、元気な様子を見せている。

この日、公開された手紙には「私にとっては、生きていることが奇跡です」と胸中を吐露。一方で同時に公開された動画では「髪の毛がないことは恥ずかしいことじゃないし、自分の今のこの髪の毛、この自分自身に誇りをもっている」と強い気持ちも打ち明けた。

日本女子のエースとして活躍が期待された来夏の東京五輪出場は厳しいが、退院時に2024年パリ五輪でのメダル獲得を今後の目標に掲げた。新型コロナウイルスについては「現在、世界中が不安で辛い日々を送っています。このメッセージが、アスリートの仲間にとっても、また同じように苦難と戦っている誰かにとっても、小さな希望になればうれしいです」(原文ママ)とつづった。目標に向かって前進する19歳。そのありのままの姿と言葉は強い。 (角かずみ)

◆グローバルSK-IIの最高責任者のサンディープ・セス氏 「池江さんは、芯の強さ、自分自身に正直であること、そしてどんなに困難なことがあってもあきらめないことの意味を私たちに教えてくれました」

■白血病の抗がん剤

治療と副作用 「血液のがん」と言われる白血病は、固形がんのように手術では切除できない。抗がん剤治療が主となるが、副作用が強く投与から2-3週間で頭髪や眉の脱毛が起こるとされる。頭皮がひりひりしたり、かゆみが出たりすることもある。治療を行っている間は脱毛は続き、吐き気をもよおすなど体への負担は大きい。



(東京五輪1年前プログラム、2020年7月23日、国立競技場)コロナ禍の世界に希望の灯をともすようだった。暗闇の国立競技場。ちょうど1年後に開会式が始まる午後8時、真っ白で柔らかなラインのパンツスーツの池江がサプライズで登場した。聖火を収めたランタンを大事そうに手にした20歳が、アスリートを代表して希望のメッセージを発信した。

「さまざまな人の支えの上に、スポーツは存在する。今から、1年後。オリンピックやパラリンピックができる世界になっていたら、どんなにすてきだろうと思います」

緊張を感じさせない堂々とした口調でスピーチした。感染症対策のため無観客で実施された1年前プログラム。池江のメッセージは、大会組織委員会の公式ツイッターを通じて、世界に動画で配信された。

昨年2月、白血病の診断を受け、10カ月に及ぶ入院生活を乗り越えた池江。3月17日に406日ぶりにプールに入り、2024年パリ五輪を目指すことを表明した。10月上旬の復帰へ前進する姿が世界にメッセージを発信する選手にふさわしいとの理由から、1年前プログラムでの大役が巡ってきた。

「このような大役を自分にできるのかという不安もあったが、こんな機会はもうないかもしれないと思い、すごく楽しみだなという気持ちで引き受けた」

4分20秒のメッセージには、闘病中に感じた思いがつづられた。白血病と診断され、東京五輪のヒロイン候補と期待されたスイマーの日常は一変。プールに入ることすらできない日々が続いた。だからこそ、五輪延期で目標を失ったアスリートの気持ちはよく分かる。「アスリートたちにとって、言葉にできないほどの喪失感だったと思います」と思いを寄せた。

この日は、東京都で新型コロナウイルスの1日当たりの感染者が過去最多の366人を記録。世界でも収束が見通せず、五輪開催に懐疑的な意見もある。共同通信が6月末から7月中旬にかけて行ったアンケートでは、国内競技団体(NF)の6割が中止の可能性を考えていることが判明した。大会に向けたムードは高まらない中、池江は「スポーツの話をすること自体、否定的な声があることもよく分かります」としたうえで、「逆境からはい上がっていくときには、どうしても、希望の力が必要だということです」と東京五輪開催の意義を訴えた。

1年延期を一歩前に前進する意味を込めた「プラス1(ワン)」と表現した。「一日でも早く平和な日常が戻ってきてほしい。1年後の今日、この場所で希望の炎が、輝いていてほしいと思います」。池江は1年後の東京五輪開幕を信じ、世界へ呼び掛けた。 (角かずみ)

■聖火はいま

聖火は、本来ならきょう24日に国立競技場で点火されるはずだった。コロナ禍で聖火リレーが延期となり、「都内で大切に保管され、絶えることなく、ともり続けている」と大会組織委員会の森会長。組織委では聖火リレー再開までの間、日本オリンピックミュージアム(東京・新宿区)や、地方創生の一環として地方での展示を検討している。


(競泳東京都特別大会第1日、29日、東京辰巳国際水泳場)白血病で長期休養していた競泳女子の池江璃花子(20)=ルネサンス=が50m自由形で約1年7カ月ぶりのレースに出場し、26秒32で5位に入った。自身の日本記録24秒21には届かなかったが、直近の目標とする日本学生選手権(10月1日開幕、東京辰巳国際水泳場)の個人種目出場へ向けて、最低条件となる標準記録26秒86を突破した。レース後、思わず涙を流した国民的ヒロインは、目標の2024年パリ五輪出場へ「第二の水泳人生」を力強く踏み出した。

■50自で26秒32

無観客の東京辰巳国際水泳場。歓声のないレース後、プールサイドで両肩を上下させ、必死に呼吸を整えていた池江は出迎えた女性マネジャーを見つけると、涙を止められなかった。苦楽をともにした恩人を前に張り詰めていた緊張の糸が切れ、安堵(あんど)した。

「目標だった26秒8を大幅に更新することができた。この場所で泳げたことに、自分自身のことだけど感動した。大きく言えば、第二の自分の水泳人生の始まりかな」

2019年1月の三菱養和スプリント以来、594日ぶりの実戦。闘病から筋力低下は否めず、パワーが求められるスタートのリアクションタイム(反応速度)は0秒7で、他の選手よりも遅かった。それでもドルフィンキックからの浮き上がり、その後の泳ぎは池江本来のダイナミックさを失っていなかった。

■天性の感覚で

最後の15mこそ、体が動かなかったというが「ここは負けたくないと思った」。かつて日本記録を連発していた第一人者らしい勝負心を発揮。最後はタイムロスをなくすため、息継ぎをこらえて組1着でゴールした。レース直後はコースロープに寄りかかり、プールから上がるのも出場した選手の中で最後だった。それでも、26秒32をマークし、目標に掲げていた10月の日本学生選手権に個人種目で出場するための最低条件26秒86をクリアした。

昨年2月に白血病が発覚。同年12月に退院し、今年3月にプールでの練習を再開した。体重は治療の影響から10キロ近く落ちたが、指導する西崎勇コーチ(41)は復帰直後、わずか10mほど泳いだだけの池江を見て「もうこんなに体を浮かせることができるのか」と驚いた。病気で筋肉を失っても、天性といわれた水をとらえる感覚は池江の体から消えていなかった。「負けたくない」。その一心で一歩ずつ復帰への階段を上った。

新型コロナウイルスの感染を防止するため、今大会は万全の対策を講じられた。闘病を経て復帰した池江はレース直前までマスクを着用し、密を避けるため、他の選手たちとは逆側のプールサイドで待機。入念なコロナ対策の下で復帰レースに臨んだ。

■24年パリ五輪へ

「またここに戻ってこられたんだなという実感があった。たくさん見つかった改善点を改善すればどんどん記録は伸びると思う」

東京五輪開幕1年前となった7月23日には国立競技場からメッセージを発信した。死と隣り合わせの日々から再びレースに戻ってきた20歳の前進する姿は多くの人の胸を打つ。2024年パリ五輪出場を目標に掲げる池江。水泳人生の第2章はハッピーエンドにする。(角かずみ)

★女子50m自由形に出場(記録は25秒22)。池江と親交が深い今井月(るな)=東洋大 「レース前に観客席で璃花子と話した。璃花子もすごく頑張っている。負けないように、刺激を与える泳ぎができたら」

★女子50m自由形に出場。25秒58だった大本里佳(ANAイトマン) 「(目標タイムを)大幅に超えてくるのはすごい」

■コーチも感銘

日本代表の平井伯昌ヘッドコーチ(57)=写真上=は池江の歩みが、東京五輪の延期でモチベーションの維持に苦しむ選手に好影響を与えることを期待する。「病気から回復した彼女の泳ぐ理由、水泳に対する姿勢など学ぶものは大いにある」と語った。6月から池江を指導する西崎勇コーチ=同下=は「アスリートではなく、池江璃花子として久々のレースを思い切り楽しんできなさい」と送り出した。「レース後はきらきらした目で帰ってきてくれたので、うれしかった」と目を細めた。

【池江TALK】アスリートとして負けたくないという気持ち残っていた

◆悔しさをぶつけ

--レースを振り返って

「1年ちょっと試合に出られなかった悔しさをぶつける機会になると思っていた。ほっとしたというのが大きい。楽しんで泳ぐことができた」

--レースプランは

「家族からはとにかく楽しんで、といわれていた。今はタイムが何秒とか気にするレベルではないと思うので、楽しんで泳ぐことだった」

--接戦を制した

「ラスト15mで一瞬(横を)みたときに負けているかも、と思ったので出し切った。アスリートとして負けたくないという気持ちは残っていた」

--どの瞬間に、戻ってきたと実感したか

「スタート台に立ったとき。久しぶりにこんな全力で飛び込むので、ゴーグルが外れないか若干、不安だった」

--課題は

「50mとはいえど、最後の15mは体が動かなかった。体力面はまだまだ。体つきも全然。また改善点がたくさん見つかったレースだった。改善していけばどんどん記録は伸びると思う」

--スタートは

「出遅れたと思われるかもしれないけど、完全に筋力が追い付いていない。自分の中では今までと同じようなスタートをやっている。脚力がそんなに戻っていない。瞬発力はもう少し時間がかかるかな」

◆目標はパリ五輪

--今後に向けて

「今回は復帰できたことを伝える機会になった。去年9月のインカレ時に(話した)『来年、自分が出てやる!』との思いで取り組んでいる。インカレに出て、夢や目標をかなえられたところをみてもらえたら」

--五輪は

「一番の目標は(2024年)パリ五輪に出場すること。パリに向けて体を戻して徐々にタイムを出していければ」



(競泳日本学生選手権第1日、1日、東京辰巳国際水泳場)白血病からの完全復活を目指す競泳女子の池江璃花子(20)=ルネサンス、日大2年=が50m自由形で25秒62の4位に入った。約1年7カ月ぶりのレースとなった8月29日の東京都特別大会に続く復帰2戦目で、前回より0秒70も速かった。24秒93の大会新記録で優勝した今井月(るな、20)=東洋大=が「復活が早い。天才だなと思う」と驚くほどの進化だった。今大会は新型コロナウイルス感染拡大防止のため無観客で実施された。

■表彰台に0秒04差

緊張、安堵(あんど)、涙に笑顔。池江はさまざまな表情を浮かべた。表彰台まで0秒04差に迫る堂々の4位。目標としていた日本学生選手権(インカレ)のレースを終えた。

「終わってホッとしたのと、このインカレを目標としてこの1年間頑張ってきたので、ちょっと感慨深かった」

■レース後思わず涙

昨年9月、一時退院中に会場を訪れ、日大を応援。仲間の励ましに涙した。1年後の復活を誓って臨んだレースで、進化を証明した。

大きく息を吸い、緊張の面持ちで臨んだ予選は25秒87で6位通過。ひそかに掲げていた目標タイム(25秒8台)をいきなり出し、レース後には思わず涙を流した。1時間50分後の決勝は一転、迷いや不安を吹き飛ばしてスタート台へ。復帰戦だった8月29日の東京都特別大会ではラスト15mで呼吸し、その後失速。26秒32だった。この日はラスト13m近くで一度呼吸をし、最後まで体力を持たせる作戦。この種目で優勝した親友の今井が「一緒に決勝で戦えたのはうれしい。復活が早い。やっぱり天才だなと思う」と舌を巻くほどのレースだった。

■筋力アップで結果

8月末の復帰戦からわずか1カ月で0秒70もタイムを更新した。スプリント種目では考えられない驚異的な復活の原動力は、たくましさを増した体だ。週1回だったウエートトレーニングを週2回に増やし、筋力アップに着手した。

「細い体で前とは違う自分を見せるのがちょっと恥ずかしかった」という復帰戦時の気持ちを捨て、楽しんでレースを迎えられるよう練習から楽しんだ。不安が徐々に減ったことで気持ちが安定した。「4番は正直すごく悔しいが、今の段階としては上出来すぎる。第二の人生としての自己ベストを出した満足感もある」。悔しさをにじませつつ、やり切った表情も浮かべた。

この日マークした25秒62で、大舞台へのスタートラインにも立った。今年4月に開催予定だった日本選手権の参加標準記録は26秒18で、当時の記録を突破。延期となっている同大会(開催日未定)への参加の可否は検討中としたが、日本選手権は国内で最も大きな大会。その出場の権利を得たことは、夢の実現への大きな一歩ともいえる。2024年パリ五輪を目標に掲げる池江だが、来夏の東京五輪出場への期待も膨らむ。

■「実力戻していく」

4日まで行われる今大会のリレーへの出場の可能性を残すが、今後の参加大会は未定。「とにかくやることは泳ぎ込んで自分の実力を戻していくこと。次の大きな目標にとらわれずに、今を一歩ずつやっていければいい」。驚異の進化に周囲の期待は高まるが、池江は足元を見つめ、一歩ずつ階段を上っていく。 (角かずみ)

◆待機場所は他選手と一緒

池江は8月末の東京都特別大会で、コロナ感染防止のため、他選手の招集所とは反対側で待機するなど、特別な環境で復帰レースに臨んだ。一方、今大会は他選手とともに招集所で待機。招集所を従来のテントから飛び込みプールのプールサイドに変更するなど、密を避ける取り組みが行われたが、白血病と闘う池江は特別待遇されることなく、無事に復帰2戦目を終えた。


白血病からの完全復活を目指す競泳女子の池江璃花子(20)=ルネサンス=が、来夏に延期された東京五輪に関し「可能性があるのならチャレンジしたい」と語っていることが10日、分かった。2024年パリ五輪でのメダル獲得を目標に掲げる中、順調に練習を消化できていることから、徐々にではあるが東京五輪出場のチャンスが広がってきた。

■パリ目指すなか

日本中が応援する池江の復活ロードに、新たな目標が見えてきた。来夏、地元で開催される東京五輪への出場だ。池江が「可能性があるのならチャレンジしたい」と語っていることが分かった。

関係者によると、池江は自身の体力面に不安を残しているものの、4年後の2024年パリ五輪を目指す中で、当初は全く見えていなかった1年延期された東京五輪が目標のひとつとして浮上してきたという。

19年2月に発病した白血病と闘う池江は同年12月に退院。東京五輪ではなく、パリ五輪を見据えていることを表明し、医師に相談しながら今年6月から指導する西崎勇コーチ(41)と慎重に練習計画を立ててきた。8月29日の東京都特別大会(東京辰巳国際水泳場)で594日ぶりにレースに復帰。50m自由形で26秒32をマークし、日本学生選手権(インカレ、東京辰巳国際水泳場)の参加標準記録を突破。10月1日のインカレ決勝では同種目で25秒62で4位となり、タイムも伸ばした。

■地元開催への思い強く

12月6日に閉幕した日本選手権は出場しなかったが、西崎コーチは11月、サンケイスポーツのインタビューで「ほかの種目でも日本選手権やジャパンオープンの標準記録を突破すれば、大会エントリーの選択肢も広がってくる」と説明。50mだけでなく100mの種目にも出場できるように練習の強度を徐々に上げ、泳ぎ込んでいることも明かした。週4回のペースを保ちながら、同月からはチームメートと同様の練習メニューをこなしている。

関係者によると、東京五輪への気持ちが芽生えたきっかけのひとつになったのが、10月24日に五輪本番会場「東京アクアティクスセンター(東京AC)」(江東区)で開かれた完成披露式典だ。池江はデモンストレーションで力強い泳ぎを披露し、会場の雰囲気を体感。東京出身でもあり、自身の地元で開催される五輪への思いを強くしたという。

東京五輪代表は、来年4月3日開幕の日本選手権(東京AC)で決まる。池江は同選手権への出場を明言していないが、東京五輪を目指すのであれば同選手権に出場するための権利を得るべく、1月以降の長水路(50mプール)の大会で記録を残す必要がある。

退院からちょうど1年となった今月5日、「正直退院してからもものすごく辛かったです。ここまで来れた自分と、支えてくれる周りの方たちに感謝しかないです」(原文ママ)と自身のツイッターで心境をつづった。笑顔の裏で、自分自身と戦ってきた1年間。苦しい日々を乗り越えてきたからこそ見えてきた東京五輪への道を、一歩ずつ前進する。

■代表入りの可能性は

東京五輪への道東京五輪の代表は、来年4月3日から8日間、東京ACで行われる日本選手権の一発勝負で決まる。個人種目は派遣標準記録を決勝で突破した上位2選手が内定。4人で出場するリレー種目であれば、上位4人の決勝での合計タイムがリレー派遣標準記録をクリアすれば出場が内定する。メドレーリレーは、各種目にリレー派遣標準記録が設定されている。

東京五輪延期前に設定されていた派遣標準記録では、個人の50m自由形は24秒46。池江は10月1日のインカレ決勝で25秒62をマークしている。

100m自由形は53秒31で、400mリレーは4人の平均タイムが54秒42であれば代表に内定する。池江はインカレの400mリレー予選で、日大の第3泳者として引き継ぎタイムで56秒19をマーク。

まずは来年4月の日本選手権に出場するためのタイムを出すことが大前提となるが、今後も体調を崩すことなく順調に練習が積めれば、個人でもリレー要員でも東京五輪の代表入りは不可能ではない。

□完全復活を目指す池江の主なコメント

★「最後まで頑張りたい、負けたくない」 2019年5月8日、公式ホームページを開設。白血病と闘う中、決意を示した。

★「とてもうれしかった」 同年9月8日、日本学生選手権を6日から観戦。在籍する日大のチームメートに声援を送った。

★「2024年のパリ五輪出場、メダル獲得という目標で頑張っていきたい」 同年12月17日、退院を発表した。

★「言葉に表せないくらいうれしくて、気持ちが良くて幸せ」 20年3月17日、406日ぶりにプールに入ったことを自身のインスタグラムで報告。

★「第二の自分の水泳人生の始まりかな」 同年8月29日、東京都特別大会の50m自由形で約1年7カ月ぶりのレース出場を果たした。

★「素晴らしい環境」 同年10月24日、東京五輪の水泳会場となる東京アクアティクスセンターの完成披露式典式に出席し、初泳ぎした。


(競泳・北島康介杯第2日、23日、東京辰巳国際水泳場)白血病からの完全復活を目指す池江璃花子(20)=ルネサンス=が今年初めてのレースに臨み、女子100m自由形で55秒35の4位に入った。午前の予選で56秒16をマークし、東京五輪代表選考会を兼ねる4月の日本選手権(東京アクアティクスセンター)の参加標準記録を突破。決勝では400mリレーで五輪代表の目安になる54秒42に迫り、半年後の大舞台への道が見えてきた。

■課題はペース配分「あとは上っていくだけ」

肩を上下に揺らし、電光掲示板に映るタイムを冷静に見つめた。白血病の治療から復帰後、初の100m種目。池江は予選から0秒81もタイムを上げ、55秒35の4位に入った。今夏の東京五輪出場につながる第一歩を踏み出した。

「速くもなく、遅くもなく。復帰レースにしてはまずまずな記録。(順位、タイムは)だいぶ悔しかったですけど、あとは上っていくだけ」

午前の予選で56秒16をマークし、五輪代表選考会を兼ねる4月の日本選手権の参加標準記録(56秒53)をあっさりクリアした。五輪経験者が10人中6人もいたハイレベルな決勝でも、池江の存在感は際立っていた。

筋力がまだ完全に戻っておらず、スタートは出遅れた。50mのターンは7番手。それでも水を丁寧にとらえ、最後までかき切る天才的なストロークで徐々にペースを上げた。水しぶきはほとんど上がらず、美しい泳ぎは最後まで崩れない。日本選手権で100m自由形は、400mリレーの五輪代表選考を兼ねる。池江は選考の目安となる54秒42を射程に入れた。

昨年10月の日本学生選手権後、1回の練習で泳ぐ距離は従来より1000m長い5000mに及ぶこともあった。週4度だった練習は年明けに5度に増え、練習でも好タイムをマーク。一度は断念した東京五輪について「チャンスがあるならチャレンジしたい」と話すようになっていた。

■400mリレーも射程

五輪開幕まで、この日でちょうど半年。レース後は表彰台を逃した悔しさもあり、「きょうのレースを泳いでみて、(五輪出場の)チャンスがあるかなという疑問が生まれちゃった」と少し弱気な顔がのぞいた。復帰4戦目。レース勘が戻っておらず、ペース配分に課題が出た。「東京五輪を目指すとかでなく、隣で泳ぐチームメートに勝つとか細かいところを集中してやる。腹を据えて練習を積んでいきたい」と足元を見つめた。

それでも、五輪出場を懸けた一発勝負の日本選手権に向け「ほぼ出るでいいんじゃないでしょうか」と意欲を示した。リレーでの代表入りは現実味を帯びている。次は2月4~7日のジャパン・オープンに50m自由形でエントリー。「勝負の世界って甘くないって痛感した。まずは勝負に対して、勝ち負けにもっとこだわっていかないといけない」。課題を克服したとき、新たな目標をはっきり口にできる。 (角かずみ)


(競泳日本選手権第2日、4日、東京アクアティクスセンター)プールから上がれない。池江は無観客の会場で、声を上げて泣いた。つらかった治療の日々が、走馬灯のように頭を駆け巡った。100mバタフライ決勝で、全力を出し切り、重たくなった体。力なくプールサイドに立つと、仲間の待つスタンド目がけ、涙でいっぱいの笑顔でガッツポーズを繰り出した。

■涙が止まらず

「自分が勝てるのはずっと先のことだと思っていた。努力は必ず報われるんだなと思った。今すごく幸せ」。レース直後のインタビューでも涙が止まらなかった。

日本水連の定める個人種目の派遣標準記録(57秒10)は破れなかったが、57秒77で優勝。400mメドレーリレーの派遣標準記録(57秒92)を突破し、一度は諦めた地元開催の東京五輪代表を決めた。

「ただいま」。そう小さくつぶやき、東京五輪の本番会場でもある東京アクアティクスセンターに入場して迎えた決勝。戦略がピタリとはまった。予選、準決勝と50mでのターンが合わず、後半は足に力が入らず伸びを欠いた。その課題を1日で改善するため、決勝はスタート後のドルフィンキックの数を調整。後半のために前半は「楽に速く」をテーマに、タッチもピタリと合わせて2番で折り返した。

ラスト25m。ためていた最後の力で強烈なキックを打ち続けた。グッと前に飛び出し逃げ切り、この2日間で0秒91もタイムを上げた。現在も6週間に1度は通院。抗ウイルス剤を毎日服用するが、日本記録(56秒08)を持つ本命種目でライバルを圧倒した。

■諦めかけた夢

786日前の19年2月8日、白血病の診断を受けた。「治療で髪が抜けます」と医師から言われ、初めて泣いた。あまりにも過酷な闘病。東京五輪の代表になる自分を想像することすらなかった。抗がん剤治療は「思っていたより、数十倍、数百倍、数千倍しんどい」。最も体調が悪いときは音や食事にも拒絶反応を示し「死にたい」とまで思った。夜、同時期に骨髄移植を受けた友人と病室をこっそり抜け出し、真っ暗なリハビリ室で涙を流した。先が見えなかった。

■延期が追い風

あれから2年余り。一度は絶たれた東京五輪出場の夢は運命に導かれるように復活した。新型コロナウイルスの影響による1年延期と、19年8月予定だった退院が回復の遅れで先延ばしになったことで受けた治療で体調が好転。そのままの時期に退院していたら、2年間の通いでの抗がん剤治療が予定されていた。その場合は、東京五輪代表選考会が開かれた今もプールには入れていなかった。

勝って当たり前だった自分が誰にも勝てなくなった悔しさも原動力になった。これまで以上の「みんなに勝ちたい」という思いが、驚異的な回復につながった。24年パリ五輪を目標に掲げる再起の道で、誰もが想像できなかった東京五輪への扉をこじ開けた。

「優勝できるとは思っていなかった。(東京五輪まで)さらにタイムを伸ばすことを目標にしたい」

400mメドレーリレーでの代表入りを決めたが、日本選手権で残り3種目に出場する。大会5、6日目の100m自由形は、復帰後のベストタイムが400mフリーリレーの派遣標準記録(54秒42)まで1秒を切っており、最も代表入りが近いとされる。「気を抜かずに頑張っていきたい」。白血病からの完全復活。池江の起こすドラマは、まだ始まったばかりだ。(角かずみ)

■寺川綾マーメイドEYE「璃花子おめでとう 五輪の景色を味わって」

2015年からサンケイスポーツで評論を務める12年ロンドン五輪女子100m背泳ぎ銅メダリストの寺川綾さん(36)=ミズノ=が4日、池江に祝福のメッセージを寄せた。池江がミズノブランドアンバサダーを務める関係もあり、親交の深い二人。池江の入院中や復帰直後の様子を明かした。

◆よく頑張った

よかった。それ以上の言葉はないです。璃花子、本当におめでとう。よく頑張ったね。絶対に璃花子が代表権を勝ち取ると、信じていました。だからこそ、涙をこらえることができました。本当によくやったよ。

2019年の6月末ごろ。入院中だった璃花子のお見舞いに行きました。前に会ったのは、第一線でバリバリの頃だったから、それはもう、ガリガリの体でした。立ったら骨が折れちゃうんじゃないかと思うぐらい。痩せているというレベルを超えていました。

そんな状態だったけど、「水泳は続けたい」と言っていたね。どんなにきつくても、心は折れることなく、頭には水泳があった。純粋にすごいなと思いました。

19年12月に退院。20年3月に初めてプールに入った数日後。東京都内にあるミズノショップの開店日に璃花子が来店。一緒にウエアを選んだり、お茶を飲んだりしました。生き生きとした様子がうれしかったし、「泳ぐとやっぱり、おなかが空くんですよね」と、ものすごくうれしそうに言っていたことが、とても印象的でした。

病気で食事が喉を通らないことも多かったはず。おなかが空くことがうれしかったのかもしれません。泳げること自体をありがたく感じて、新しくスタートを切っていることが伝わりました。

日本選手権では、まだレースがあります。まずは全力を出し切って、今大会を乗り越えてほしい。その先は16年リオデジャネイロ五輪とはまた違った、あなたにしか見えない景色が見えてくると思います。五輪までの道のり、そして東京五輪本番の景色を存分に味わってほしい。そう心から願っています。(談)

■担当記者が語る~東京五輪では自分の力を出し切って~

6年前の2015年7月初旬。14歳になったばかりの池江を初めてインタビューした。堂々としたたたずまいや負けず嫌いが垣間見え、「絶対にこの子はブレークする」。そう直感した。

当時の池江の身長はすでに167cm。その時、30歳だった記者より4cm大きかったが「70は欲しい。周りの海外選手が大きいから」とすでに世界を意識していた。20年に開催が決定した東京五輪についても「新しいプールで泳ぐのがすごく楽しみ。地元で五輪が開かれるので、そこは絶対に出場したい。日本の方が応援にきてくれると思うので、自分の力を出したい」と夢を語っていた。

それから4年。白血病が、そんな夢を打ち砕いた。「死にたい」と漏らすほどの過酷な治療。それでも今、プールでライバル、自分自身、そしてタイムと戦うまでに戻ってきた。24年パリ五輪でのメダル獲得を最大の目標と語っていたが、時間がたつにつれ、記者はきっと違うと思っていた。あの負けず嫌いの池江だ。絶対に東京五輪を狙っている、そう思っていた。

この日のドラマチックなレース。後にも先にも、もうこんな瞬間には立ち会えないかもしれない。大病を乗り越え、6年前に語った東京五輪に絶対出場するという夢をかなえた。夏の祭典ではもう一つの夢、自分の力を出し切ってほしい。(五輪競技担当・角かずみ)

【池江TALK『努力は必ず報われる』】

ただいま!! 女子100mバタフライで、白血病による長期療養から復調した20歳の池江璃花子(ルネサンス)が57秒77で優勝。派遣標準記録(57秒10)は突破できなかったが、100m4種目の400mメドレーリレーの選考基準を満たし、五輪代表に決まった。レース後、大粒の涙を流しながら「努力は必ず報われるんだなと思った」などと喜びを口にした。

(プールサイドでのテレビインタビュー。涙を流しながら応じた)

--今の気持ちは

「まさか優勝できると思っていなかった。5年前の(リオデジャネイロ)五輪選考会よりも、ずっと自信がなかった。勝てるのはずっと先のことだと思っていたけど、勝つための練習はしっかりやってきた。『ただいま』っていう気持ちで入場した。すごくつらくてしんどくても、努力は必ず報われるんだなと思った」

--予選、準決勝、決勝とタイムを上げた

「予選、準決勝でターンが合わず、改善点があると思っていた。57秒台が出るとは思っていなかったし、リレーの派遣タイムも切れると思っていなかったので、すごくうれしい」

--場内から拍手

「順位が決まったときは、すごくうれしかった。本当にもう、言葉にできない」

--復帰からの歩みを振り返って

「正直、100mのバタフライは(トップレベルに)戻ってくるのに時間がかかると思っていた。本当に優勝を狙っていなかった。でも、何番でもここにいることに幸せを感じようと思った。仲間たちが全力で送り出してくれて今はすごく幸せ」

--手応えは予想以上

「ものすごく自信のついたレースでもあった。(出場種目は)あと3本あるので、気を抜かずに頑張りたい」

(囲み取材で)

--レースを振り返って

「順位が『1』と見えた瞬間は本当に驚いた。(気持ちの)整理がついていない」

--タイムを見たときの心境は

「タイムというより順位を先に見て、ものすごく驚いた。順位を見た後にタイムを見て『あ、リレーの派遣(標準記録)を切ってる』と思った。そこで初めてうれしさというか、いろんな感情が込み上げてきた」

--どんな気持ちが交錯しているのか

「個人の派遣タイムを切ったわけじゃない。『え、本当に切ったのかな?』という気持ちになっている」

--すぐにはプールから上がれなかった

「本当に本当に言葉にできないような、表現できないような、そんなうれしい気持ちになった。あの一瞬でも、今までのつらかったこととか、いろいろ思い出した」

--復帰の道のりで思い出すことは

「誰にも勝てなかったことを一番初めに思い出した。今回もし負けても、来年負けることはないだろうと思ってレースに臨んでいた。優勝できてものすごくうれしいけど、このタイムでは世界と戦えない。さらに高みを目指していきたい」

--東京五輪への思いは

「正直、リレー(の内定)なので実感が湧いていない。もちろん、うれしい気持ちはものすごくあるけど、本当に内定しているのか、ちょっと複雑な感情というか…。確実に出場が決まったら、もちろんタイムを伸ばすことを目標にする。本番でタイムを上げられるような練習を積んでいければ」

--2024年パリ五輪を一番の目標に掲げる中、東京五輪への挑戦が頭をよぎったタイミングは

「バタフライは全く可能性があると思っていなかった。『行けなくてもいいかな』という気持ちもあった。東京五輪を経験し、次の五輪につなげられたら、それはそれで自信を持ってレースに臨めるんじゃないか」

--復帰後のベストタイムを次々と更新

「まだ本来の自己ベスト(日本記録の56秒08)とは遠いタイムではあるけど、大きなプレッシャーがある大会で57秒台が出せたことはいい経験になった。また一からという気持ちの中、(トップレベルに)ここまで早く戻ってこられたことはすごくよかった」

--心の中の桜は何分咲きか

「今は七か八分くらい」

--満開にするには

「いつか五輪で金メダルもしくはメダルを取れたらかなと思う」

□池江璃花子・白血病を公表してからの主な経過

2019/2/12 発病を自身のツイッターで公表

4/8 日大に入学

6/1 3週間ほど前から軽い運動を再開したと三木二郎コーチが明らかにした

6/5 5月末に数日間、入院中の病院から一時退院していたと自身のホームページで明らかにした

9/6 日本学生選手権を観戦。白血病公表後、初めて公の場に現れる

12/17 退院したことと24年パリ五輪で表彰台を目指す考えを自身のホームページで明らかにした

20/2/19 テレ朝系「報道ステーション」に出演。松岡修造氏と対談した

3/17 病気の判明後に初めてプールに入ったと自身のインスタグラムで報告した

5/9 池江の特集番組「NHKスペシャル」が放送される

5/18 自身のSNSを更新し、ウィッグを外した短髪 姿を初披露

6/16 新コーチに西崎勇氏が就任したと池江の所属す るルネサンスが発表

7/2 白血病公表後、初めて練習を報道陣に公開。10月上旬の実戦復帰を目指していることを明かす

7/4 20歳の誕生日を迎える

7/23 国立競技場で開催された東京五輪1年前プログラムに参加し、世界へ向けてメッセージを発信

8/29 東京都特別大会の女子50メートル自由形で約1年7カ月ぶりの実戦復帰

10/1 復帰2戦目の日本学生選手権に出場

10/24 東京五輪の水泳会場となる東京アクアティクスセンター完成披露式典のデモンストレーションで200メートルメドレーリレー・アンカーで登場

21/1/23 北島康介杯の女子100メートル自由形決勝で55秒35の4位

2/7 ジャパン・オープンの女子50メートル自由形決勝で24秒91の2位で復帰後初の表彰台。

2/8 白血病発覚から2年が経過したことをインスタグラムで報告

2/20 東京都オープンで初めて100メートルバタフライに出場し59秒44で3位

2/21 東京都オープンの50メートルバタフライで25秒77をマーク、復帰5大会目で初優勝

2/26 昨年7月以来2度目の練習公開

4/4 日本選手権の100メートルバタフライ決勝に出場し、57秒77で3年ぶりの優勝、女子400メートルメドレーリレーの東京五輪代表に内定


(競泳日本選手権最終日、10日、東京アクアティクスセンター)東京五輪代表選考会を兼ねて行われ、白血病から復帰してリレー2種目で東京五輪代表入りを決めている女子の池江璃花子(20)=ルネサンス=が、50m自由形を24秒84、50mバタフライを25秒56で制した。8日間で4種目計11レースを泳ぎ切り、病気判明前の2018年以来となる大会4冠を達成した。非五輪種目の50mバタフライを除く池江が勝った3種目(50m、100m自由形、100mバタフライ)は個人で選考基準をクリアした選手がいないため、五輪本番で池江が出場する可能性もある。

■白血病判明前の18年以来

安堵(あんど)の笑みがこぼれた。8日間で4種目計11レース。白血病から復帰し、3年ぶりに挑んだ池江の日本選手権がようやく終わった。大会前、想像すらしなかった4冠とリレー2種目での東京五輪代表入りを達成。喜びをかみしめた。

「思った以上に成績もよかった。このあと疲れはどっとくると思うけど、今はうれしさが勝っている。4冠という結果を、自分に対して褒めてあげたい」

国内で圧倒的な強さを見せた。4日に100mバタフライ、8日に100m自由形を制して迎えた大会最終日。午前中に行われた非五輪種目の50mバタフライ予選は26秒36で泳ぎ、全体2位で通過。夕方の同種目決勝は全力を尽くす中でも余力を残し、復帰後の自己ベストを0秒21上回る25秒56で制し、今大会3つ目のタイトルを手にした。

約1時間10分後の50m自由形決勝。西崎勇コーチ(41)に「絶対に勝ってきます」と宣言して入場し、ただ一人24秒台となる24秒84で圧勝。日本水連の定める派遣標準記録(24秒46)を突破できなかったが、5冠だった18年以来となる4冠を達成した。4種目とも復帰後の自己ベストをマークした。

■「行けます!!」出場志願し

病気による長期療養を感じさせない、タフさが際立った。大会6日目の8日。6本目のレースとなった100m自由形で優勝後、いつも以上に疲労を感じた。夜のミーティング。心配するスタッフから、残る2種目の出場を回避する案も出たが「行けます!!」と出場を志願。最終日に復帰後初めて1日3回泳ぐなど、日本中が注目した大会を全勝で乗り切った。

一発勝負の代表選考会で池江は、五輪種目の3種目で優勝。個人の派遣標準記録は突破できず、現時点では400mメドレーリレーと400mリレーでの東京五輪代表入りにとどまっているが、個人種目の枠が空いているため、本番ではエントリーが可能だ。男女が2人ずつ泳ぐ新採用の混合400mメドレーリレーも泳ぐ可能性がある。日程の重複や体調次第であるが、単純計算で9日間で最大15レースになる。

「決まったからには使命を果たさないといけない。本番までにさらに体力はつくと思う。全力でチームに貢献したい」

今後は疲労回復を最優先にしながら、東京五輪までの練習計画を練る。白血病からの完全復活を印象付けた今大会。今夏の祭典に向け、20歳が次のステージに入る。(角かずみ)

◆西崎コーチ「想定をいつも上回ってくる」

◆西崎コーチ「練習のタイムが最後の3週間で上がってきた。私たちの想定をいつも上回ってくる。彼女が目標としていた王座奪還を達成できて、うれしい」

■寺川綾マーメイドEYE 今後さらに記録伸びる

4冠を達成した池江選手は素晴らしいの一言に尽きます。想像を超えるレースを毎日見せてくれて、力をもらいました。

2020年8月の復帰レースから見ていますが、泳ぐたびに良くなり、しっかり前に進んでいる印象です。今回の日本選手権では、全て全力で泳ぎ切るのではなく、決勝で結果を出すために、予選、準決勝をどう泳ぐか、明確にプランを立てていたように感じました。

五輪の決勝で勝負するには、どう余力を残して決勝に向かっていくかが、すごく大事です。プランを立て、それを実行する経験を積めたことは、池江選手の水泳人生に、生かされていくでしょう。

彼女の持ち味は後半にあります。今回も後半にかけて粘り強い泳ぎが出ていましたが、トレーニングを重ねれば、今後さらに記録を伸ばせるはず。東京五輪での活躍にもちろん期待しますが、私たちは本人が目指す夢に一緒に乗せてもらって、応援できればいいなと思います。(ミズノ所属、2012年ロンドン五輪女子100m背泳ぎ銅メダリスト)