サンケイスポーツでは、レスリングの男子グレコローマンスタイル60キロ級で東京五輪代表の文田(ふみた)健一郎(ミキハウス)の特集を数多く展開してきた。当時の記事を紹介する。(年齢、肩書等は掲載当時のまま)。

■生まれ 1995(平成7)年12月18日生まれ。山梨・韮崎市神山町出身。

■経歴 山梨・韮崎市立北西小から韮崎西中に進学し、1年時に本格的に競技を始める。全国中学生選手権優勝。韮崎工高(情報技術科)では全国高校生グレコローマンスタイル選手権、国体グレコで3連覇。2014年に日体大体育学部(体育学科)に入学。18年からミキハウス所属。

■サラブレッド 父の敏郎さんは17歳で国体優勝。日体大3年時の82年には全日本選手権グレコ48キロ級で準優勝した。国内外で勝ち、86年に山梨県で開催された国体まで選手として活躍した。文田も卒業した韮崎工高レスリング部監督で、教え子には12年ロンドン五輪男子フリースタイル66キロ級覇者の米満達弘ら。

■1勝 小学生の時は1歳年上の女子選手の練習相手だった。転機は周囲に勧められて出場した中1の時の全国中学生選手権。「1回勝ったことがすごくうれしくて、もっと強くなりたいと思った」。

■親子鷹 中2の夏から高校生の練習に入って鍛えた。敏郎さんは「高校に入るまでの3年間、2人でやっている時間が楽しくてしようがなかった。自分の息子がどんどん技を覚えて、どんどん強くなっていくのが感じられたのでうれしかった」と振り返った。

■シニア大会 17年の世界選手権は初出場で金メダル。フリースタイルも合わせ、日本男子で83年大会グレコ57キロ級の江藤正基以来34年ぶりの快挙で五輪、世界選手権を通じて日本のグレコ最年少王者(21歳8カ月)。19年の世界選手権で17年大会に続く頂点。日本男子グレコにおいて2度の世界選手権制覇は史上初の快挙。過去アジア選手権は2度、全日本選抜選手権は3度、全日本選手権は3度制した。

■けが 18年5月に左膝の靱帯(じんたい)を損傷した。その影響もあって世界選手権の国内選考会に出場できず、苦しいシーズンを送った。「全部投げ出したくなるくらい落ち込んだ」というが、夢に向かって再スタートを切った。

■名前の由来 名前の健一郎には「健やかに育ってほしい」という意味が込められる。

■小さい頃の夢 警察官、パイロット。小1の時には漠然と「レスラーになりたい」と言っていたとか。

■信条 「一歩一歩」。「どんなことも少しずつしか成長しない。一気に手に入るものはない」。

■性格 涙もろい。優勝したときは泣かないように気を付けているとか。

■〝にゃんこ投げ〟 相手の脇の下に両腕を差し込んで抱きかかえて反り返って後方に投げる技、反り投げが得意。猫のように背中を反ることから〝にゃんこ投げ〟とも呼ばれる。「クラッチを組んだ瞬間にいけるかがどうかがわかる。練習、試合でやってきた本数は日本一多い。世界でもトップの方と思う」。

■大きい技 グレコローマンスタイルの魅力は「大きな技」で大量点が入ること。

■父に感謝 「高校時代はいつも怒られていたので感じなかったけど、偉大なお父さんであり、恩師です」。

■教え 「試合で勝っても次がある」。「現状に満足せず。次の試合へ、すぐに気持ちが切り替えられるのは父の教えがあったから」。

■運命的 東京五輪開催が決まった13年9月は、ちょうど日体大の入試日だった。新横浜駅近くのホテルに泊まっていた文田は早朝4時に起きてテレビで招致決定を知った。「これに出ようと本気で思った」。数時間後の面接では「改めて2020東京五輪への思いが強くなりました」と答えたという。夢が目標となり、現実になった。

■ロンドン、リオ五輪 12年ロンドン五輪は父の教え子、米満の応援で現地を訪れた。16年リオ五輪は太田忍(銀メダル)の練習パートナー(サポートメンバー)として帯同。「人一倍、イメージトレーニングができたと思う。あとは実践するだけ」と発見があった。18年3月の大学卒業後も、練習拠点は日体大。ライバルで2学年上の太田らと汗を流し、東京五輪代表選考を勝ち抜いた。リオ五輪後の直接対決は文田の5勝3敗。

■「天才」 太田は「柔軟性がある。体は細くみえて力が強い。勝負時の力の出し方、ここぞという技の出し方、タイミングは天性のもの。天才」と文田を絶賛。

■幕張メッセ

東京五輪のレスリング会場は幕張メッセ(千葉市)。「コミックマーケットのイメージ。大きな会場ですごく楽しみ」。

■猫レスラー 体の柔軟性と反り投げを得意にしていることから「猫レスラー」と呼ばれる。幼少期からマットが遊び場で飛んだり跳ねたりしていた。愛称について、文田は「(猫は)好きなのでいいなとは思う」。自身のツイッターのアカウント名は「@NyankoWrestler」。

■猫カフェ好き 時々、行く。「じゃれ合って、組み合っている。レスリングみたいと思うことはあるけど、単純にかわいい」。初出場の世界選手権を制した17年には〝優勝のご褒美〟として福岡県の離島、猫島に出かけた。五輪で金メダルを獲得して猫が多いギリシャ・サントリーニ島に行くことが夢という。

■愛らしい弱々しい猫が好き スコティッシュフォールドやマンチカンが好き。「守ってあげたくなる」。海外遠征中はYouTubeで猫の映像を見て「癒やされている」。

■睡眠 「寝付きも良く普段からよく寝るね、といわれる」。試合当日も試合の合間に睡眠をしてリフレッシュや気持ちを切り替える。

■好きな映画 「キングスマン」。それに触発されて、19年末にオーダーメードで作ったスーツは黒色。「(登場人物が)スーツをすごいかっこよく着こなしているので、そのイメージで。スーツはサイズ感だと聞いた」。ジブリ作品の「耳をすませば」も。

■好きな芸能人 女優の橋本環奈。「自分を隠さない(性格で)かわいい」。自身のツイッターでよくリツイートをしている。

■好きな女性のタイプ 「料理ができる人」。

■結婚願望 「いい人がいれば」。

■好物 ハンバーグ、ハンバーガー。

■苦手なもの パクチーと長距離走。文田が在籍した日体大レスリング部には成人式当日、伝統のマラソン大会が催される。渋谷駅のハチ公前から同大の横浜・健志台キャンパスまで約27㌔のコース。文田は同期で最下位だった。

■同期 日体大時代は樋口黎(16年リオ五輪代表)、奈良勇太(17|19年世界選手権代表)ら。韮崎高時代は小柳和也(18年世界選手権代表)。

■酒 「たまに。基本的には飲まない。祝い事があれば」。

■減量 中学生の時、減量のため給食を食べられずゼリーだったことも。目の前で友人が唐揚げ定食などをほおばる姿を見て「自分が食べた気になる」と食欲を満たしていた。

■減量食 ようかん、ささみやブロッコリーなど。ごまドレッシングやポン酢で味を変化させて飽きないようにする。スポーツようかんはチョコレート味などバリエーションがある。

■減量時の工夫 「体重の変異を日々、ノートに記録すること」。体重管理は「全体の3、4割を占める」。自炊が苦手な文田は19、20年頃、毎夜「マッスルデリ(Muscle Deli)」を利用。電子レンジで温めるだけの調理法を重宝し、日頃から体調管理を意識した。

■音楽 試合の直前に聴くのは椎名林檎の「NIPPON」。「ドキドキを感じるから」。映画は「天気の子」にはまった。

■おみくじは引かない 大学生の時に「凶」を引いた。「その年にけがなどがあったので、こわくなって、それから引いていない」。

■海外遠征の必需品 マスク、機内で使う小型のマットレス、赤ちゃん用のお尻ふき。

■よく訪れる場所 表参道、新宿の猫カフェなど。

■リフレッシュ方法 ひとりキャンプ。「テントを立てて、たき火して、ビールを飲んでマシュマロを焼く」。

■地元・山梨県の良いところ 「自然が多い」。

■宝物 「応援してくれている方々」。

■視力 1・2(両目)。

■家族 父・敏郎さん、母・美幸さん、長女・有咲さん、次女・有海(ゆうみ)さん。

■足のサイズ 25・5センチ。「足が小さいのでスニーカーが似合わないのが悩み」。

■サイズ 168センチ。普段の体重は67キロ。


【全日本選抜選手権】世界選手権(8月、パリ)代表選考会を兼ねた大会。男女計7階級が行われ、グレコローマンスタイル59キロ級は5月のアジア選手権王者の文田健一郎(21)=日体大4年=が昨年のリオデジャネイロ五輪同級銀メダリストの太田忍(23)=ALSOK=に競り勝ち、2年連続2度目の優勝を決めた。選考基準を満たして代表に決まり、2020年の東京五輪金メダル候補に名乗りを上げた。

◆土壇場に逆転!!

「ヨッシャー!!」

2連覇を決めると、文田はバック転で喜びを爆発させた。リオ五輪銀メダリストの太田を撃破し、初の世界選手権代表をつかみとった。

「太田選手を追いかけることで、自分もずっとステップアップできている。自分の実力を世界に見せつけたいです」

第2ピリオド残り1分で1―1の同点。「怖さはなかった」と冷静だった。終了間際、得意の投げで、太田をマットに2度倒し、逆転に成功した。2月のセーロ・ペラド国際大会(キューバ)で敗れた借りを返して、優秀選手にも選ばれた。

文田はレスリング界のサラブレッドだ。観戦した父の敏郎さん(55)は17歳で国体優勝。その後は国内外で勝ち星を挙げ、1986年に山梨県で開催されたかいじ国体まで選手として活躍した。文田は敏郎さんが監督を務める山梨・韮崎工高時代に基礎を作った。「高校時代はいつも怒られていたので感じなかったけど、偉大なお父さんであり、恩師です」と感謝した。

◆東京へ新星21歳

努力が結実した。昨年のリオ五輪は、日体大の先輩で、憧れでもある太田の練習相手として同行。選手としてマットに立てず「悔しかった」。大舞台に立てなかった悔しさを忘れず、5月のアジア選手権で優勝、今大会も頂点に立った。

「(世界選手権で)僕がメダルを取らないで帰ってきたら、日本の59キロ級が低く見られる。プライドを持っていきたいです」

丸刈りの文田は決意をにじませた。成長を続ける21歳がフランスの地でも、相手をなぎ倒す。 (石井文敏)


日体大とコラボレーションした長期連載の第4回は、本紙のオフ企画『ザ・ミュージアム』と連動し、3人の五輪金メダリストを輩出したレスリング部半世紀の軌跡を『思い出の地』としてたどった。開幕まで950日を切った東京五輪で金メダル獲得が期待される8月の世界選手権(パリ)グレコローマンスタイル59キロ級王者、文田(ふみた)健一郎(22)らが在籍する名門の強さの秘訣(ひけつ)は、東京・旧世田谷校舎時代から続く猛練習にあった。(取材構成・鈴木智紘)

◆50年以上続く伝統

選手の激しい攻防で地震が起きているかのように床が揺れる。休憩という休憩はない。日体大レスリング部の過酷な練習は2時間超、途切れずに進む。「今でも、めちゃきついです」。世界王者で4年生の文田さえもうなる鍛錬が伝統だ。

日体大は文田をはじめ、グレコローマンの名選手を数多く生んできた。高校まではフリースタイルが主流の日本にあって、「(約60人の男子部員で)フリーとグレコが半々の大学はウチしかない。日体大に入りたいという選手はグレコで強くなりたいという人」と松本慎吾監督(39)。昨年のリオデジャネイロ五輪グレコ代表の井上智裕(30)=富士工業、太田忍(23)=ALSOK=はともに日体大卒と、近年も有力選手を輩出している。

選手が集まるのが名門たるゆえんではない。日体大のグレコの歴史は1964年東京五輪のフライ級を制した花原(はなはら)勉さん(77)=現日体大名誉教授=から始まる。当時から50年超変わらない「スパーリング重視」の強化方針こそが強さの理由にあった。

◆階級や実力差つけ

12月初旬。横浜市青葉区にある健志台キャンパスのレスリング場では、20日開幕の全日本選手権(東京)に向けた練習が熱を帯びていた。空気が変わったのは午後5時過ぎ。約30分間のアップなどを終えた選手たちが3人1組になる。階級や実力差のあるペアリング。出番を待つ1人を除き、相撲のぶつかり稽古のような1対1の真剣勝負が幕を開けた。

2分1セットで7秒の間隔を挟み、待機した選手が1人と入れ替わる。各組で最も力のある選手はマットに続けて立ち、相手を迎え撃つ。伝統のスパーリングの別名は「基立ち(もとだち)」。59キロ級の文田は、66キロ、71キロ級の選手と組み、開始から6セット続けて対戦。全16セットを完走すると「マジ、ヤバイです。頭がぼーっとしています」と息をついた。

強い者だけがマットに立てる―。環境が名物メニューを生んだ。今でこそ2面のマットで練習するが、花原さんらが活動した1960年代に拠点とした旧世田谷校舎のレスリング場は現在の4分の1の大きさ。部員が100人を超えた当時、限られたスペースでの練習は実力者が優先された。力の劣る選手が有力選手の胸を借りる風習こそが「基立ち」の原点となった。

◆松本監督も胸貸す

松本監督=顔写真=は上半身裸となり選手とのスパーリングに加わる。指導理念は「現場主義」。日体大生時代、当時チームを率いた藤本英男監督(73)の胸を借りた経験を受け継ぐ。2004年アテネ、08年北京五輪でグレコ84キロ級代表だった松本監督と対戦した文田は「技をかけるにしても防ぐにしても言葉より伝わる」。練習が中断し技術指導が入る場面はない。実戦でとにかく汗を流すのが〝日体大流〟だ。

「(世界選手権では)これだけやったんだから勝てると思っていた」と文田。日本一の練習量によって名門、名選手が誕生していた。

■日体大・松浪健四郎理事長に強さの秘密を直撃

日体大の松浪健四郎理事長(71)が、これまで13人の五輪メダリストを輩出したレスリング部の強さの理由を本紙に明かした。自身も1968年メキシコ五輪代表候補に選ばれるなど活躍。現在は日本レスリング協会の副会長を務める重鎮が、東京五輪でのメダル量産を期待した。

私は1967年のインカレを制した。日体大の多くの学生がそのタイトルを手中にしている。そのうち、5分の1くらいは、大学からレスリングを始めた転向組。私もその一人で、柔道三段であった。

早朝からの厳しいトレーニングは、全日本の合宿並み。これを1年通じて行う伝統が今も受け継がれている。夢をもつ新入生が多いゆえ、脱落者は少ない。近年は、高校のエリート選手の入学が多く、さらに実力者が増加中。

卒業生に教員が多数いるため、可能性を秘めた人材を送り込んでくれる特徴もある。毎日、有力なOBが練習に参加するので、強化環境が他大学とは異なる。団体戦よりも『オリンピック選手を育成する』。メダル量産の日体大でなければならぬ、と激励している。 (談)

◆日体大レスリング部

1951年創部。男子は横浜・健志台キャンパス、女子は東京・世田谷キャンパスを拠点とする。64年東京五輪のグレコローマンスタイル・フライ級で金メダルを獲得した花原勉を代表格に、特にグレコの強豪として知られる。主なOBには76年モントリオール五輪の男子フリースタイル52キロ級を制した高田裕司、至学館大監督で日本協会本部長の栄和人、昨夏のリオデジャネイロ五輪男子グレコローマンスタイル59キロ級で銀メダルを獲得した太田忍らがいる。


8月のレスリング世界選手権(パリ)グレコローマンスタイル59キロ級を制した日体大4年の文田健一郎(22)が生まれ育った山梨・韮崎市を『思い出の地』として訪ねた。フリースタイルも合わせ、日本男子では34年ぶりに金メダルを獲得した快挙には、韮崎工高で過ごした3年間、同校の監督でもある父・敏郎さん(56)との特訓で身につけた「反り投げ」があった。

◆監督の父が伝授

甲府盆地の北西に位置する韮崎市。世界王者、文田の原点がある。幼少期から遊んでいた韮崎工高のレスリング場。高校入学後に父・敏郎さんから「反り投げ」を伝授され、練習を重ねた。

「(教えはじめて、すぐに)私のイメージを超えてきれいに投げていました」。そう回想するのは、日体大3年時の1982年に全日本選手権グレコローマン48キロ級で準優勝した敏郎さん。指導方針は明快で「捕まえたら、投げる」。グレコローマンは上半身だけの攻防で「プロレスの技みたいなものなので盛り上がる」と息子に託した。

文田親子は「反り投げ」の反復練習を繰り返した。使い古されたマットで1日に2~3時間の特訓もあった。努力は実を結び、高校グレコローマン選手権で史上初の3連覇を達成。今年8月の世界選手権では、「反り投げ」を武器に五輪、世界選手権を通じて日本のグレコローマン最年少王者(21歳8カ月)となった。

文田親子の夢は「東京五輪で金メダル獲得」。敏郎さんは「東京で五輪があるなんて、こんな巡り合わせはないですよね」と息子が金メダルを取る姿を思い描いていた。 (石井文敏)

【用語解説】反り投げ 相手の脇の下に両腕を差し込んで抱きかかえ、反り返って後方に投げる技。

■ライバル・太田も一緒に!ハイレベルな練習

日体大の練習には社会人の有望選手も参加する。文田のライバルで、同じグレコローマンスタイル59キロ級でリオ五輪男子銀メダルの太田忍(23)=ALSOK、写真=らOBも練習する機会がある。文田は入部してからしばらく「太田さんが疲れている状態でも勝てなかった」と振り返る。代表を争う選手がしのぎを削る環境も名門と呼ばれる理由だ。


【世界選手権 ヌルスルタン(カザフスタン)16日=石井文敏】2020年東京五輪予選を兼ねた大会。男子グレコローマンスタイルの五輪実施階級が行われ、17年大会王者で60キロ級の文田(ふみた)健一郎(23)=ミキハウス=が17日の決勝に進出。メダルを確定させ、日本協会の選考基準を満たして今大会で日本勢第1号の五輪代表に決まった。

◆安堵の涙が

日本から約6000キロ離れたカザフスタンで、文田が東京五輪への扉を開けた。準決勝の勝利が決まると雄たけびをあげて喜びを爆発させた。日本協会の定めた3位以上の選考基準を一番乗りでクリアし、自然と涙が頰を伝わった。

「(涙の理由は)安堵。海外(の選手)に新しい自分を見せることができた」

海外勢から持ち味のそり投げを警戒される中、寝技で制圧した。初戦から3回勝ち上がって迎えた五輪切符の懸かる準決勝。1―1の第2ピリオド残り2分だった。4回連続のローリングを決めて、アリレザ・ネジャチ(イラン)にテクニカルフォール勝ちだ。

◆重圧増す中

前日15日、2016年リオデジャネイロ五輪59キロ級銀で、ともにグレコ60キロ級代表の座を争う太田忍(25)=ALSOK=が非五輪階級の63キロで金メダル。文田は重圧の増す中、メダルを確定させ、日体大の先輩に当たる太田との熾烈な代表争いに決着をつけた。

表彰台の頂点で国歌を聴く―。文田の東京五輪での目標だ。決意したのは12年ロンドン五輪。父・敏郎さんの教え子、米満達弘が男子フリースタイル66キロ級で優勝する場面を会場で見た。当時高校生の文田は、表彰台の真ん中で君が代を聴く金メダリストを見届け「かっこよかった」。3年前のリオデジャネイロ五輪は太田の練習パートナーとして帯同。大舞台への思いを強くしてマットで鍛錬を続けた。

◆王者に挑む

「リオから長かった。(五輪決定も)まだスタート地点かな。一番高い表彰台から見る景色をもう一回みたい」

2年ぶりの頂点を懸け、きょう17日の決勝で昨年王者のセルゲイ・エメリン(ロシア)に挑む。五輪前年の世界制覇が、日本男子グレコローマンで36年ぶり史上5人目の五輪金メダリスト誕生へとつながる。

■記者が見た文田という男 「動きがレスリングっぽい」 ニャンコ大好き 「猫レスラー」

猫レスラー―。猫好きの文田は、体の柔軟性がピカイチで、さらにそり投げを得意にすることから「猫レスラー」の異名を持つ。愛称について「猫は好きなので、いいと思う」と歓迎した。

山梨・韮崎市に住んでいた幼少期の頃は、妹が猫アレルギーだったため、自宅では飼えなかった。かわりに学校が終わると友達と一緒に野良猫と戯れていた。年々、猫愛は強くなり、今ではリフレッシュのために、猫カフェに足を運ぶ。

「(猫の動きは)レスリングっぽい。じゃれ合って組み合っている姿が、単純にかわいい」と笑みを浮かべる。文田は闘争心むきだしのマットとは裏腹に、猫カフェでは猫の動きをじっくり見て心を落ち着かせる。

好きな種類はスコティッシュフォールドやマンチカン。愛らしく弱々しい猫が好みで「守ってあげたくなる」。海外遠征中は動画投稿サイト「ユーチューブ」で映像を見て「癒やされている」。文田にとって、猫は欠かせない。 (五輪競技担当・石井文敏)


◆合宿所で新年迎え

新年、あけましておめでとうございます。私は代表合宿期間中だったので、東京・北区の味の素ナショナルトレーニングセンターで年を越しました。勝負の東京五輪イヤーを迎え、選手として夢の舞台に立つことができると思うと、改めて自覚と覚悟が芽生えます。

競技会場の千葉・幕張メッセには行ったことはないですが、「大きい施設だ」とよく聞くので楽しみです。8年前の2012年に父(敏郎さん)の教え子である米満達弘さん(男子フリースタイル66キロ級金メダリスト)の応援に行ったロンドン五輪決勝のように、観客全員が一つのマットに集中する光景を思い浮かべるだけで燃えてきます。

前回の16年リオデジャネイロ大会は、日体大で2学年上の太田忍先輩(ALSOK)の練習パートナーとして同行しました。同じ男子グレコローマンスタイル最軽量級で、忍先輩の銀メダル獲得を見届けた瞬間はうれしかったですが、悔しさもこみ上げてきました。

「自分が出場していたら、どうだったのか」

「東京五輪は譲りたくない。自国開催は、もっと特別なんだろうな」

振り返ると、4年後に日本で開催される大会に向けて決意が固まった瞬間だった気がします。

◆先輩がいなければ

それから3年間、忍先輩との代表争いは想像以上に長くて苦しいものでした。18年春の卒業後も拠点の日体大で一緒に練習する日々。「先輩がいなければよかったのに」「何で世代がかぶったのだろう」などと思うこともありました。ただ手本となる存在が近くにいてくれたからこそ、成長できたのだと思います。

東京五輪開幕まで200日。金メダルを目指し、対戦相手の研究も進めています。最大のライバルは、昨年9月の世界選手権(カザフスタン)決勝で闘ったセルゲイ・エメリン(24)=ロシア=です。持ち味のそり投げとグラウンド(寝技)からローリングなどで勝利しましたが、五輪では今まで以上に対策してくるでしょう。

猫好きの私は「猫レスラー」と形容されるほど、背骨が柔らかいのが特長です。山梨・韮崎西中3年から本格的にそり投げを練習し、2時間、投げ続けたこともあります。「グレコは投げてなんぼ」という父の教えを大事にしてきました。投げた数ははっきりとしませんが、日本一、世界でもトップクラスだと思います。今は得意技を軸に首投げ、巻き投げなどを組み合わせながら攻撃のパターンを増やす練習に取り組んでいます。

◆互いに技教え合い

世界選手権で五輪代表に決まってから4カ月間がたち、1枠の代表の座を争ってきた忍先輩との関係性にも変化が出ました。今まではなかったスパーリング練習や互いの技を教えあうようになりました。忍先輩の得意とするがぶりの攻撃を仕掛けるタイミングを学びました。6分間での駆け引きなど細かい部分を磨き、試合を優位に展開できる総合力を身につけられるようにしたいです。

東京五輪での目標は、「表彰台の頂点で国歌を聴く」こと。五輪4連覇の伊調馨さん(ALSOK)や昨年1月に現役引退した五輪3連覇の吉田沙保里さんら女子のように勝利してメジャーになりたいです。猫好きなので、日本男子グレコローマンスタイル36年ぶりの金メダルを首にかけて(猫で有名な)ギリシャ・サントリーニ島に大手を振って行ければ最高です。 (2017、19年世界選手権金メダリスト、ミキハウス所属)

【猫カフェが癒やし】ニャンコ大好き 「猫レスラー」

文田のリフレッシュ法は、なんといっても猫カフェに行くこと。さまざまな場面で紹介され、〝猫レスラー〟の愛称も定着しつつある。「じゃれ合って組み合っている。レスリングみたいと思うことはあるけど、単純にかわいい」と猫の動きを観察して、心を落ち着かせる。好きな種類はスコティッシュフォールドやマンチカン。2017年には世界選手権優勝の〝ご褒美〟として福岡県の離島、猫島に出かけた。

■キッコーマンでトークショー 1食700キロカロリー〝筋肉弁当〟愛用

文田は昨年10月下旬、東京・千代田区のキッコーマンライブキッチン東京で女子57キロ級の浜田千穂(27)=2015年日体大体育学部卒=らとトークショーを開催。食についてのこだわりを明かした。

左膝靱帯(じんたい)損傷のけがを負った2018年5月頃から「自分の口に入れるもので体はできている」との思いを強くした。これまでの食事を見つめ直し、知人から紹介された「マッスルデリ(Muscle Deli)」を利用するようになった。栄養素が計算された1食700キロカロリーのメニューを取り寄せる。

一人暮らしで自炊が苦手な24歳にとって、電子レンジで温めるだけの簡単な料理はうってつけ。好物のハンバーグに豆腐を加えるなど、バランスのいい食事で体調管理を徹底する。普段から体脂肪率は9%にキープ。食への意識を高めた結果「(減量は昨年9月の)世界選手権が一番、良かった」と東京五輪へ、自信を示した。


【全日本レスリング選手権大会】新型コロナウイルス感染防止のため無観客で計6階級が行われ、男子グレコローマンスタイル60キロ級は2017、19年世界選手権覇者で東京五輪金メダル有力候補の文田(ふみた)健一郎(25)=ミキハウス=が2試合を勝ち、旧階級を含めて2年ぶり3度目の日本一に輝いた。得意のそり投げを軸に、巻き投げなど磨いてきた技を10カ月ぶりの実戦で試し、来夏の五輪へ自信を深めた。

◆2年ぶり3度目

観客のいない駒沢体育館。声援は聞こえない。それでも闘える喜びを、優勝した2月のアジア選手権以来10カ月ぶりの試合で体現した。代表に内定している東京五輪で金メダル最有力の文田が、貫禄の優勝で再スタートを切った。

「試合って特別だと思った。この大会に出ることで五輪につながると思った。納得できるところと課題が明確になったので、いい内容だった」

◆脱「猫レスラー」

猫好きで背骨が柔らかく、そり投げを代名詞にすることから「猫レスラー」の異名を取る。だが、この日は違った。初戦の準決勝を12―1でテクニカルフォール(8点差をつける)勝ちし、迎えた決勝。日体大の3学年後輩で日頃から一緒に練習する鈴木絢大(22)に、技の多様さで勝負に出た。

武器のそり投げを中心に右の巻き投げで揺さぶり、先制点を奪うなど6分間流れを渡さなかった。投げ技での得点こそなかったが、パッシブ(消極的姿勢によるペナルティー)で2―1での勝利。「練習では返されていたこともあった。新しい攻め手の糸口を見つけられた」。コロナ禍の中、新たに取り組んでいる技で手応えを得た。

東京五輪で最大のライバルは、昨年の世界選手権決勝で闘った2018年世界王者のセルゲイ・エメリン(25)=ロシア(○10―5)。「今まで以上に研究してくるはず」の相手を確実に仕留めるため、左右の巻き投げ、首投げなど技のバリエーションを増やす。

東京五輪の1年延期が決まった今年3月以降、実戦の機会を失う一方で自分と向き合う時間ができた。「レスリングが好きなんだと。試合ができることは当たり前じゃないと感じた」。五輪代表に内定する男女8人のうち、今大会にただ一人出場して気概を示した。

「自分にできることは感染予防と(五輪の)開催を信じて競技をやり続けることしかない。きっと唯一の道だと思う」

収束の見通しが立たないコロナ禍の中、トップアスリートとして覚悟を示した。7カ月後の五輪へ、25歳の世界王者は今できることに集中する。 (石井文敏)


東京五輪開幕まで4日で200日。出身大学別で夏季五輪最多のメダリスト62人を輩出している日体大とコラボレーションした長期連載の第27回は、レスリングで五輪代表に内定する男子グレコローマンスタイル60キロ級世界王者の文田(ふみた)健一郎(25)=ミキハウス=と、2016年リオデジャネイロ五輪男子フリースタイル57キロ級銀メダルの樋口黎(24)=日体大助手=が登場。18年体育学部卒の同級生が初対談し、金メダル獲得を誓い合った。 (取材構成・石井文敏)

◆思い出の試験日

文田 「2人での対談は初めてだよね」

樋口 「そうだね、何を話そうか? いつも通り、ざっくばらんに!!」

文田 「東京五輪イヤーだね。俺は、目指すレスリングを完成させて挑む!!」

樋口 「健一郎は五輪代表に内定していて、五歩も十歩も前にいる存在。世界選手権を2度優勝して素直にすごいと思う。駆け足で追い付けたらと思うよ」

文田 「東京五輪開催が決まったときのこと覚えてる? 高校3年の2013年9月、一緒に新横浜のホテルに泊まった。(日体大入学のための)小論文と面接の試験日だった。朝4時に起きてテレビで五輪招致決定を見て出ようと思った。黎は寝てたよね?」

樋口 「寝てたな、たぶん(笑)。入試で質問されて(3年後の)16年リオデジャネイロ五輪を目指します!! って答えたと思う」

文田 「俺は(当時7年後の)東京五輪を目標にした。リオ五輪には言及しなかった」

樋口 「そこか。俺が一歩リードしたのは(笑)」

◆甘さ弱さを改善

文田 「リオ五輪には(太田)忍先輩の練習パートナーで行った。中学時代から知っていた黎の試合は帰国して部員全員で応援したよ」

樋口 「一回勝負だから、思いっきり楽しんでやろうと思って挑んだ」

文田 「(男子グレコローマンスタイル59キロ級銀メダルの)忍先輩が闘っているのをみて、勝ち切ることの難しさを感じた。黎は堂々と闘っていて差を感じた」

樋口 「冷静に闘えた。ただ、決勝は何かが勝っていなかった。東京五輪へは甘さや弱さを改善していかないと」

文田 「減量(の仕方)じゃない!?」

樋口 「俺の方がいつも落としはじめは早いのに」

◆いじられる減量

文田 「確かに。大体練習量、一緒だし。(減量の方法を)俺は最近、確立しはじめた」

樋口 「アミノ酸やブロッコリーなど何をとったらいいかを聞いて、まねをしているけど、うまくいかない」

文田 「俺は自分の理想通り。コーチから電話がかかってきて『黎に発破をかけろ』といわれることもある」

樋口 「課題だとわかっているけど、減量のこといじり過ぎだよ」

文田 「黎だって俺の(得意技の)そり投げ、いじるじゃん」

樋口 「ハハハ」

文田 「『俺がそっちゃおうかな』って。でもずっと言われるのは武器として認めてくれている、勝手にほめてもらっていると思っている」

樋口 「昔の健一郎は意外と悩んだりもしていたよね。怒られたら、めそめそして…。端っこで、すみません…という感じを醸し出していた」

◆マラソンに苦闘

文田 「学生時代の思い出といえば、成人式の時にやるレスリング部伝統のマラソン。きつかったね~」

樋口 「渋谷のハチ公前から(練習拠点の)横浜・健志台キャンパスまで(約27キロを)走った。同期で最下位だったよね」

文田 「反省しているの!! 競技に関係することは考えて、自分がそんなに思っていないものには割と適当だよね、お互い」

樋口 「そうだね。同期はずっと仲いいよね」

文田 「今でも誕生日の人がいると(LINEグループで)みんなで『おめでとう!』って祝う」

樋口 「誕生日でもないけど、俺が最後に『ありがとう』のスタンプを送って終わる。既読無視、ね(笑)。遊ぶことはあまりなかったね」

文田 「黎は家に引きこもりだもんな」

樋口 「ゲームをしたり、本を読んだり。森博嗣さん、湊かなえさん(の本)が好き。健一郎は1人キャンプしていない?」

文田 「最近は1人でテントを立てて、たき火して、ビールを飲んでマシュマロを焼く。好きだね~」

◆一緒に大舞台へ

樋口 「東京五輪で金メダルを取ったら、遊びにいくか。4月の五輪アジア予選で、まずは代表権を勝ち取る。スタート地点にも立てていないから頑張るよ」

文田 「一緒に大舞台に立ったことないね。東京五輪に2人で出よう!!」

樋口 「金メダルを取ったら、キャンプしちゃう?(笑)」

文田 「噓でしょ!?(笑)」

樋口 「まあでも俺、テントでゲーム(笑)。引きこもっているから、たき火をしてもらって…」

文田 「それって別行動じゃん!? 俺はテントで読書をするよ!!」

文田&樋口 「(2人で爆笑)」