★63年オフ、ビッグトレードで4番・山内獲得…優勝
劇薬外野手の代表例は山内一弘だ。三波春夫の『東京音頭』で浮きたっていた1963年12月26日に阪神・小山正明-大毎・山内一弘のビッグトレード。山内はいささか下り坂の主砲だったから大洋監督三原脩は「アホとちがいますか。20勝投手の価値が全然わかってませんナ」と苦言。ところが阪神監督藤本定義も負けていない。「アホはどっちや。それぐらいのことがわからん俺やない」。
新幹線すら走っていない時の電撃トレードには永田雅一、野田誠三の両オーナーも同席しての発表。64年、山内は4番で31本塁打、94打点でチームは優勝。小山は大毎で30勝したが、チーム本塁打は12球団最低でリーグ4位となった。山内は劇薬というより「打撃の職人肌」の苦労人で、優等生だった。
勝負度胸の強いタイプは75年の池辺巌、79年の竹之内雅史、86年柏原純一、88年金森永時が印象に残る。