そのために、彼は開幕から走者を進める3番に徹した。一走の赤星憲広の盗塁を助けるためにわざと早いカウントの好球を見逃した。進塁打をいとわず、凡打しても併殺を防ぐためにガムシャラに全力疾走した。キザな言い方をすると、金本は「自分を捨ててかかった」のだ。
それが4番浜中の背中を押した。ナインにはそんな金本知憲の心意気が痛いほどわかった。
浜中が負傷しても、代役に桧山進次郎がいた。八木裕も4番を務めた。それでも、あくまでも金本は3番に徹した。快進撃が続いた。6月29日にはプロ野球史上最速の50勝。浪速の狂喜乱舞はヒートアップした。それを生んだのは金本の「フォア・ザ・チーム」のプレーだった。
もう道頓堀ダイブを心配した大阪府の太田房江知事が「川の浄化」を口にしたら、大阪市の磯村隆文市長は「知事の気持ちはわかるが、飛び込むのはアカン」とクギをさした。まだマジックも出ていないし、6月だというのに…。それもこれも炎のハッスルプレーを黙々と続ける金本という劇薬物が引きずり出したのだった。