あの鳥谷も超えた!? 末恐ろしい新人だ。南国特有の青空の下で、ぶ厚い胸板がダイヤモンドで踊る。輝く太陽が、梅野を照らした。
「強く振ることを心がけてやってきました。チャンスをいただいたので最後振り抜けて、スタンドインできたのでよかった。手応えはあったが『いってくれ』と思ってました。1本出てホッとした気持ちもあります」
白組で出場野手唯一のサブメンバー。最初に代打で登場した五回先頭はD1位・岩貞祐太投手(22)=横浜商大=の前に三ゴロに倒れたが、6点を追う六回二死で、再びコールを受けた。
特別ルールで巡ったチャンス。追い込まれながら、D5位・山本翔也投手(25)=王子=の123キロチェンジアップを泳ぎ気味に一閃した。バックスクリーン右の最深部へ放り込むと、観客席は拍手喝采だ。
「三振だけはしたくなかった。とにかく球に食らいつこうと思った」
興奮気味に振り返った実戦2試合目、5打席目での一発。鳥谷でもプロ初本塁打は2004年2月22日、実戦4試合目の紅白戦(安芸)だっただけに、虎ルーキー最速アーチといえる。
前日14日夜。宿舎に隣接する室内に乾いた音が響いていた。関係者によると緒方、そして梅野が打撃マシンと向き合っていたという。その日、初対外試合の韓国サムスン戦(宜野座)でスタメンマスクを託されながら3打数無安打2三振。投手との呼吸にも苦しんだ。連日の個人特訓で体は悲鳴を上げているが、克己心を胸に汗を流した。気づけば時計の針は、午後10時半を指していた。