プロフェッショナルクラスを制したチーム疾風のメンバー。左から2人目がチームマネジャーのソバック璃音さん。チームは優勝トロフィー(中央)、文科大臣賞の証書(中央右)のほか、7つの部門賞を獲得した=東京イノベーションベース 長さ20メートルの直線コースで、2台のミニF1が並走する。搭載された二酸化炭素ボンベの噴出音をとどろかせ走るマシンは1秒あまりでゴールする…。そんな一瞬のレースに若者たちが全力で挑んでいた。今月13、14日に東京都内で行われた「STEMレーシング」の国内初の全国大会だ。
どんなスポーツでも後進の育成は重要だ。モータースポーツではカートやミニバイクで走る才能ある子供たちを引き上げる道筋ができているが、「選手」以外を育てる世界的な取り組みが、日本でも本格的に始動した。
STEMレーシングはF1世界選手権の運営団体が支援する教育プログラムだ。STEMとは科学、技術、工学、数学の英単語の頭文字で、実社会の課題解決を通じて論理的思考力や創造性を養う教育方法。これを、F1を模したチーム運営を通して学ばせる。「F1・イン・スクール」という名称で英国で始まり、25年以上の歴史がある。
対象年齢は6歳から19歳で、初歩から最上位まで4段階。それぞれミニチュアF1マシンを自分たちで製作する。初歩は紙工作だが、レベルが上がると3Dプリンターでのボディー製作などへ進み、最上位のプロフェッショナルクラスではCADやCFD、CNC(コンピューターを用いた設計やシミュレーション、工作機械の自動制御)も認められる。ミニ風洞を用いた空力解析も行う。
本格的なだけに、プロクラスの参加者は主に工業高校や高専の生徒たちだが、競うのは車の速さだけではない。3~6人でチームを結成。予算やスケジュールの策定から始まり、大会ではスポンサー集めなどチーム運営の成果をまとめた英語のポートフォリオを提出、プロジェクト全体の内容を審査員にプレゼンテーションする。会場内にピットを設け、取り組みを分かりやすく展示することも求められる。マシンは、規定に合致しているのはもちろん、設計のコンセプトを審査員に説明しなければならない。
マシン製作、チーム運営、スポンサー集めや広報活動…。実際のレースチームがやっていることを、若者たちが自分の手で行うのだ。採点配分では、レースの結果は全体の22%だけ。企業活動とプレゼンテーションが各16%を占めている。
日本では参加チームが少ないため国内大会を開けず、一部の有志が推薦で世界大会に出場してきた。今回、初めて国内選考大会が開催できるようになり、プロクラスの上位2チームが10月の世界大会(シンガポール)の出場権を獲得した。
1位の「チーム疾風」のメンバーは東京・調布市のアメリカンスクールの生徒たちだ。チームマネジャーのソバック璃音さん(17)はシンガポールに住んでいた頃、F1同国GPのピットで働く人々を見て「将来エンジニアとしてF1で働きたい」と思ったという。昨年、STEMレーシングを知り、同級生の中谷公輔さんとともにタイの学校とのコラボで世界大会に出場。今回、中谷さんらとチームを結成した。「スポンサー活動ではメールを400本書いて返事が2本しかなかった。苦労しました」と苦笑するが、世界大会の切符を手に「さらにF1の世界に近づく機会をもらえた」と喜ぶ。
今年4月のF1日本GPを観戦した際にSTEMレーシングを知り、上から2番目のディベロップメントクラスに出場したのは、東京都立産業技術高専生の八田芽玖さん(18)。仲間を集め、本格的に活動を始められたのは5月の大型連休明けで、マシン製作やポートフォリオ作成などを実質1カ月弱でやり遂げた。
プロフェッショナルクラス決勝スタートの様子。右がチーム疾風。選手はモニター上部のスタートランプを見つめ、手にしたボタンを押す=東京イノベーションベース学校の理解で3Dプリンターなどは使えたが、メンバーが荒川と品川のキャンパスに分かれていて連絡も大変だったという。全員18歳で参加できるのは来年までの2回だけ。「一瞬一瞬に力を入れよう」と名付けたチーム「OneShot」は同クラスで2位に食い込んだ。「来年はプロクラスに出たい。スポンサー活動もしっかりやりたい」と八田さん。
もの作りは日本の生命線。その分野でも若者たちが明るい未来を夢見て目を輝かせている。そんな姿を目にすることができて「この国は安泰だ」と、強く希望を感じられた。(只木信昭)