1978年9月の秋場所で、輪島を寄り切りで破った玉ノ富士=蔵前国技館 大野茂氏(おおの・しげる=大相撲の元関脇玉ノ富士)21日、肝臓がんのため大分県内の病院で死去、71歳。栃木県出身。葬儀・告別式は家族葬で執り行われた。
67年夏場所で初土俵を踏んだが廃業して自衛隊に入隊。70年秋場所で再出世。怪力を生かした取り口で三役在位12場所。78年初場所では4大関を総なめした。81年九州場所で引退。殊勲賞1回、敢闘賞2回。87年10月に片男波部屋を継承し、現片男波親方の元関脇玉春日らを育てた。日本相撲協会理事も務め、14年11月の定年後は再雇用制度第1号として協会に残り、19年4月に退職した。