■10月24日 寺山修司は、彼と同じように競馬を愛した作家、虫明亜呂無との対談で「単勝を買う思想というのは、一口で言えば英雄主義です。個の栄光に賭けるわけですからね」と語っている。ところが本人は1966年のダービーで、負けるとわかっていて皐月賞馬ニホンピローエースの単勝に15万円賭けた。いわく「敗北への欲望ってのも、ときには無視できないことがあります」
馬券という一枚の紙に人生を投影させるなどして「競馬とは何か」をつづった寺山が今の時代を生きていたら…。コロナ禍で競馬場へ行けず、紙の馬券が世の中から消えた時期は虚無感に襲われたのではないか。一部ウインズでの発売が再開された際は、馬券を求めて故郷の津軽に戻ったかもしれない。
2005年に史上2頭目となる無敗3冠を達成したディープインパクトは、主戦の武豊騎手をして「英雄」と言わしめた。菊花賞後、同馬の単勝馬券をデビューから全て集めたものは「無敗3冠コンプリート馬券」としてネットオークションに登場した。
父ディープと同じ無敗3冠を目指すコントレイルは不運な馬ともいえる。紙の馬券を発売しなかった皐月賞とダービーのそれを、ファンは絶対に入手できないのだから。史上初の無敗の3冠牝馬に輝いたデアリングタクトも同じだ。
たとえコンプリートできなくても、今週末の競馬場やウインズにはコントレイルの100円の単勝馬券を何枚も買い求めるファンが多数現れるはず。だが、そこに個の栄光に賭ける英雄主義は見えてこない。多くは記念馬券と小遣い稼ぎか。後者に対し寺山は「夢やロマンばかりか思想すらありゃしない」。そう草葉の陰で嘆いていることだろう。(鈴木学)