そして公式戦。弱小球団の太平洋クラブ(西武の前身球団)戦で先発に指名。創意工夫のない、淡泊な打者が多く、おあつらえむきの相手と踏んだからだ。その上で、こんな指示を出した。
「外角一辺倒に投げて、何点取られるか、やってみよう。打たれてもいい。負けてもいい。とにかく試してみろ」
結果はプロ初完封。右打者へのシュートはわずか3球。それも全てボールにした。外角へのスライダーと、遅いストレートを、相手打線はひっかけるばかり。22個の内野ゴロの山を築かせた。
すっかり自信をつけ、制球の重要性にも目覚めた山内はこの年、とんとん拍子で20勝している。
他球団でお払い箱になった選手を、よみがえらせる。そう、「野村再生工場」の第1号でもあった。
ここで、金言。
「先入観と固定観念には、百害あって一利なし。欠点だと決めつけず、特徴と捉え、特長として生かす。それはやがて、武器になる」
部下が使えないと嘆く上司。子供の将来に不安を抱く親。思い当たること、あるのでは?
【山内移籍こぼれ話】
ノムさんは、巨人・川上哲治監督と面談した1972年オフのトレード交渉を、鮮烈に記憶していた。川上監督は「山内はどうか。無償ともいかないから、富田(勝)をくれ。(同じ三塁手の)長嶋(茂雄)を休ませながら使いたい」。富田は3番打者。山内では釣り合わず、松原明夫投手を加えてもらい、「1対2」でまとまったが…。
「すごいな、と感心したのは、その長嶋が交渉のテーブルに同席していたこと。川上さんは『彼はやがて巨人の監督になる。トレード話とはどういうものか、見せておきたい』。脈々と受け継がれる巨人軍精神を見せられた」と脱帽していた。実際に75年から長嶋監督体制になっている。