で、この日は一般スポーツ担当Dなのでそんなにパニックになっていない吉松祐デスクに接近してみるとこれが速射砲のように「ポールが…ポールが…」とまくしたてる。何事か? と思ったら、この日、来日した元ビートルズのポール・マッカートニーの公演が、11日に京セラドーム大阪でありまして、彼はチケットを入手し、握りしめているのです。
「どこがそんなにいいんだ?」といったのが失敗だった。さぁ始まりましたよ、吉松の独善叙説ポール・マッカートニー論が…。
「ビートルズが来日したのが1966(昭和41)年6月29日。僕はこの年に生まれたんですョ(そんなことはどっちだっていい)そして、その2年後に『ヘイ・ジュード』という曲を作る…」。フーン、いつからポールは柔道を好きになったのかね? 「だからシロウトは怖い。(ビートルズのメンバーの)ジョン・レノンは当時、ヨーコ・オノと不倫中で、本妻との間に生まれたジュリアンという子供がいた。ポールが、その子をなぐさめるために作った曲なんです。で、ジュリアンの愛称が『ジュード』だったとか」。だからドーしたってんだ。俺の知ったことかよ…。「ですからヨーコ・オノとジョン・レノンが結婚する前です。それから…80年12月にジョンが射殺されて…覚えています? 昭和55年ですよ」。おぼえてるもんか、その年は長嶋さんが巨人の監督をクビになって「男のけじめ」とかなんとか苦しそうに言ってた年だろうが…。ところでそんなにウダウダうるさいけど、吉松よ、まだポールの追っかけをやってるのか?