初マラソンに挑んだのは東洋大4年時だった。舞台はリオデジャネイロ五輪切符が懸かった2016年の東京。果敢に代表を狙った服部勇馬(トヨタ自動車)は、終盤に落とし穴にはまる。35キロすぎに日本勢トップとなりながら40キロ付近で失速し、切符はすり抜けた。
「終盤の怖さは払拭されていません」。昨年の福岡国際では「残り7キロ」の壁を突破し戴冠を飾ったが、負の経験は脳裏に焼き付いて離れない。
今夏は標高2000メートルの米ユタ州パークシティーで合宿に臨んだ。高地では初の45キロ走も敢行。距離への不安を拭おうと走り込み、練習量は月間1000キロを超えた。
「強みはない」と謙遜する25歳。ただ「調整する力は磨いてきた」と胸を張る。発着点を除いて20年東京五輪と同じMGCのコースの試走は5度ほど重ねた。「課題は風邪をひかないこと」と口にする余裕がある。
「失敗が僕を強くするし、成長させてくれる」。勝負どころとされる終盤の上りを攻略した先に、五輪への道が開く。