現役引退会見に臨む青木宣親=13日、東京都港区(撮影・長尾みなみ) ★2008-10年担当・上野亮治
早大のチームメートとして、記者として、青木の野球人生を20年以上、見てきた。3学年下の青木に出会ったのは早大入学時。入学当初から圧倒的な力を見せていた同期の鳥谷敬(元阪神)と違い、青木の印象はボールボーイや電話当番をしていたくらいしかない。
ただ、早大・野村徹監督に厳しく指導されて成長を遂げた。卒業後、記者になった私に、青木は「プロに行きたい」と誓った。スカウトから注目されていなかった時期だったので一瞬、目が点になった。ヤクルトで不動の地位を築いたある年のオフ、「メジャーに行きたい」と秘めた思いを打ち明けられた。球団にポスティングシステムでの移籍を直訴する前だったので、再び驚かされた。練習後、突然「結婚します」と〝特ダネ〟を聞かされ、仰天したこともあった。
ただ、青木は周囲が無理かと思ったことを実現した。「あの青木がこれほどの選手になるとは」。入学当時を知る早大関係者は、ありったけのリスペクトをこめて〝あの〟と二文字をつけて回想する。学生時代、鳥谷に隠れて深夜、バットを振っていた。プロで複数安打を放った翌日に打撃フォームが変わった理由を聞くと「内容が良くなかったから」。向上心の塊だった。
会食時の酒のつまみは、いつも野球。テーブルに置いた紙にペンを走らせながら、12種類あるボールカウント別の心理を説明されたこともあった。時は流れ、野球談議の中身は自分のことより、チームの話題が増えていった。現役を引退した青木がどんな目標を設定するのか。願わくば、ヤクルトの未来を語り合いたい。(2008-10年ヤクルト担当、現野球デスク)