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阪神大震災から27年 阪神・谷本球団副社長「当たり前じゃないと感じさせられた27年前」

練習開始前に阪神淡路大震災の犠牲者に黙とうする阪神ナイン=鳴尾浜球場(撮影・松永渉平)

阪神大震災から27年となった17日、阪神は新人合同自主トレが行われている鳴尾浜で谷本修球団副社長(57)ら球団幹部、選手、スタッフら約50人が犠牲者へ黙とうをささげた。谷本副社長は西宮市出身の佐藤輝明内野手(22)らが地元への思いを胸に戦ってくれるように願った。


澄み渡った冬の空に、半旗の球団旗が揺れる。27年目の朝も、静かに目を閉じ、祈った。震災後に生まれた選手たちは、年を追うごとに増えていく。それでも、谷本副社長の耳には「うれしい」言葉が届いてきていた。

「佐藤(輝)君も西宮の出身で、そこは(震災への思いを)強く持ってくれているようなのでうれしく思います。野球をできること自体、今のコロナもそうですけど、当たり前じゃないと感じさせられた27年前なので」

D1位・森木(高知高)ら新人だけでなく、自主トレを行う2年目の佐藤輝らも黙とうした。佐藤輝は1999年生まれだが、1・17を迎えるにあたって「震災だったり、病気とか、いろいろと苦しい思いをされている方がいる中で、僕たちができることは、見て元気になってもらえるようなプレーをすること」と口にしていた。

自身も被災した谷本副社長は「地域のみなさんに受け入れられてのプロ野球球団だと思いますので、その思いはしっかり持ってプレーしてほしい」と強く願う。地元球団で戦う佐藤輝が、その使命を胸に刻もうとしてくれていることが、率直にうれしかった。


当時、自身は電鉄本社人事部で勤務。震災が発生し、会社へ連絡を取ろうとした。「公衆電話に並んだときに、前の男性の方が、ちょうど今の私ぐらいの年代の方が、頭から血を流して並んでおられた。その記憶が鮮明ですね」と振り返る。住宅があった甲子園ではテレビで阪神高速道路が倒壊した場面が報じられたこともあり、親族から非常に心配された。「私は自転車で出社したんですけど、家内は身重で、堺の親戚がバイクで駆けつけてくれて、生きていたことをすごく喜んでくれた、涙を流して喜んでくれたことが当日の記憶ですね」と、つい先日のことのように覚えている。

どれだけ時間が経っても忘れられない、忘れてはいけない日が1・17。阪神は若い選手も全員が胸に思いをしまい、この日から踏み出していく。(長友孝輔)

★佐藤輝も黙とう 西宮市出身の佐藤輝も鳴尾浜での練習前に黙とうし、阪神大震災の犠牲者へ祈りをささげた。生まれる4年前の出来事だが、学校の授業やテレビで流れるニュースなどで当時のことを知った。また、プロである以上は被災者に元気や勇気を与えることを使命としてプレーし「優勝して、もっと関西を盛り上げて、明るいプロ野球にしていきたい」と語った。


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