昨年8月、世界選手権での野口。延期となった東京五輪でも頂上へ登り詰める
今年2月に実家で撮影した野口と父の健司さんのツーショット(Base Camp提供) ギャラリーページで見る きょう21日は「父の日」。スポーツクライミング女子で東京五輪代表の野口啓代(あきよ、31)=TEAM au=は、プロクライマーの原点である壁を手掛けた父・健司さん(56)への感謝を語り、集大成と位置付ける五輪での恩返しを誓った。
不安、重圧、迷い。後ろ向きの感情にさいなまれそうになったとき、野口は「原点」に立ち返る。行く手を照らしてくれるのは、茨城・龍ケ崎市の実家にあるボルダリングの壁だ。
「自分と向き合えたり、初心に帰って楽しいクライミングができたりします」
酪農業を営んでいた健司さんが厩舎(きゅうしゃ)の改装を始めたのは、野口が中学1年のとき。最寄りのジムまで、車で30分かかった。いつでも練習できるよう、知人と2人がかりで壁を手作りしてくれた。
当時は30畳に満たない部屋のような作りだった。傾斜はほぼ垂直で、四方にホールド(突起物)を配置。1周100手ほどのルートを2周した後、難度を高めた60手前後の課題を登った。「父は一緒に夢をかなえる人という印象で二人三脚で頑張っていた」。練習後のランニングには自転車で伴走してくれた。
健司さんによる壁の改装は、まな娘の成長とともに続いた。今や傾斜は150度にも達する。大きさは当初の2倍以上になった。東京五輪に向けて増築も進んでいる。新型コロナウイルスの感染が拡大した3月以降、神奈川県に拠点を置く野口は帰省し、慣れ親しんだ壁と向き合った。
3人きょうだいの長女。妹も弟も、祖父の代から続く家業は継がなかった。競技に専念するため、東洋大を1年夏に中退。その後プロとしての道を選んだときも、健司さんは決断を尊重してくれた。「父は世間体とか気にしない人で、私たちはやりたいことをやってほしいとずっと言われていたんです」。後継ぎを名乗り出た弟に対しては、一から始めるように説得して断ったという。
東京五輪実施種目の複合で銀メダルに輝き、代表切符をつかんだ昨夏の世界選手権。人をほめる柄ではない健司さんが涙ながらに喜んでくれた。「今は頑張りを陰で支えてくれる一番の応援者。登りを通して恩返しできたら」。父のぬくもりに満ちた指先で、競技人生の集大成を飾る。(鈴木智紘)