つまり82年前の1934年(昭和9年)12月26日は、ありがたくも、もったいなくも『日本プロ野球誕生の日』なのであるぞよ。
要するに、当時のルース、ゲーリッグらの全米軍をプロ野球の父といわれる読売新聞社の正力松太郎氏が日本に呼んだ。ところが日本には学生野球のチームはあったが、まともな野球団がない。そこで全日本軍創立の機運が高まり、三原脩、苅田久徳、中島治康、それに京都商業の沢村栄治らをかき集めて、野球団を結成したのがこの26日。当時の沢村はまだ旧制中学生だが、慶大に行くべしでいたのを「日本の将来の職業野球のために…」と慶大腰本寿監督も積極的に野球団に入ることを推薦した。
結果的には今、安倍首相が訪れるハワイ真珠湾攻撃から戦争が始まって沢村投手は沖縄の海で還らぬ人となったが、この全米軍との試合では草薙球場で8回1失点、9奪三振。ルースらが大慌てした。ここから今日の米大リーグでの日本人選手の活躍をみると、まさに今昔の感がある。
この日、阪神は松田遼馬、江越大賀(共に長崎県出身)が、長崎県人会世話役の阪神OBの下柳剛氏、それに広島の大瀬良大地などと地元テレビ局の後援で『野球教室』を開催。取材した須藤佳裕の「200人の子供たちが大喜びで、あいにく雨だったのですが、体育館を使っての交流でした。僕まで心がポカポカしてくる雰囲気で素晴らしかったです」という電話に、心が洗われた。
♪長崎は今日は雨だったけれど…子供たちの心は晴れていたそうだ。