縁あって大谷と同じ北海道へ。ただ、入学早々に右肘のトミー・ジョン手術(靱帯修復手術)を受けた。本格的に投げ始めたのは2年秋。「球速で勝負する投手でもなく、球数を投げるのも不安だった」とツーシームを習得。新球を武器にこの日も立命大打線から凡打の山を築いた。
大谷とは札幌市内で頻繁に食事を共にし、野球談義で盛り上がる。「連絡? メール? 大会前はなかったです」と冷たい親友(!?)に苦笑いを浮かべたが、「自分もいずれは(プロで)やりたいです」。夢への第一歩となる堂々の全国デビューだった。 (西村浩一)