7月31日、SGLでの2軍残留練習に合流した阪神・糸原健斗。右は原口文仁 ネクストバッターズサークルに姿を見せるだけで、またその名がアナウンスされるだけで、球場が盛り上がる。出番がある以上、試合の行方を決する緊迫シーン。1900年代、主役は真弓明信であり、八木裕だった。2000年に入ると桧山進次郎が務めた。何人もの「代打の神様」を擁した阪神に空白期間が生まれようとしている。チームは2年ぶりのリーグ優勝にバク進する中、タテジマ伝統の職人がまた姿を消した。出塁すれば代走が必要となる、ひと振り稼業よりも、複数のポジションをこなせるユーティリティータイプが重宝される傾向がある。それが藤川球児監督率いる今の阪神の側面だ。
「がむしゃらに、必死こいて頑張るだけなので」
7月31日、2軍施設のSGLに姿を見せた糸原健斗は、こう語った。1日から始まる夏のロード前にファームでの再調整を命じられた。今季は5度のスタメンを含む48試合出場で、56打数10安打の打率・179。6月13日楽天戦(楽天モバ)の右前打から22打席連続ノーヒット。結果を出せなかった自分が悪い。チーム内の競争で遅れを取った以上、32歳の経験は関係ない。配慮も考慮もされながら、数字を出せなかった。いつかは訪れる降格だった。
2018年に桧山に並ぶ球団代打最多安打「23」を記録した33歳の原口文仁も起伏の激しいシーズンを送っている。糸原との左右の切り札として、開幕1軍に名を連ねた。しかし4月13日に登録抹消。7月13日に再昇格となったが、26日にまた抹消された。結果は9試合出場、8打席で7打数無安打1四球で、未だノーヒットだ。苦闘の象徴シーンは7月21日巨人戦(東京D)の5ー5で迎えた八回1死一、二塁だ。左腕中川皓太に対し、代打で登場。阿部慎之助監督が右腕の田中瑛斗にスイッチすると、高寺望夢が指名された。原口にピンチヒッターとは…まさかの代打の代打だった。
灼熱のSGLで、2人が顔を揃えた。昨季までは考えられなかった。しかも昨年オフは、ともにFA権を取得し、残留を選択した。糸原は現状維持の年俸7000万円、原口は900万円増の4000万円(いずれも推定)で単年契約を締結。年齢的に阪神一筋を誓った2人が1軍の戦列から離れた。残した数字を考えると、予想できたものの、異常事態とも映る。
古くは遠井吾郎に川藤幸三。真弓、八木、桧山、関本賢太郎がつないだ代打の系譜が途切れようとしている。大量の貯金を抱え、2位以下が借金という独走状態の今季に限れば、レギュラーシーズン中は、代打専門職の必要性はさほど感じない。それよりも中川勇斗らの若手を起用し、熊谷敬宥、高寺といった複数のポジションをこなせる選手を起用しながら、チーム力をさらにアップさせる。その間、2人には2軍で打席数を消化させ、復調を求める。それでも調子が上がらなければ、次の手を考える。そんな状況なのだろう。
チーム打率、防御率、得点、盗塁、犠打がリーグトップ。2日ヤクルト戦(神宮)の4発で本塁打数までも最多となった。もちろん失点、与四球は最少。一方でチームの代打打率・171はリーグワースト。24年9月10日DeNA戦(甲子園)の七回の渡辺諒の一撃が最後の代打アーチだ。今までとは、ひと味違う過程を経て、頂点を目指して、ひた走る。虎党の声援を受け、バットを手に、打席に向かう阪神が誇る千両役者。他球団を圧倒するウラで〝甲子園名物〟がしばしの中断を余儀なくされる。(敬称略)
■稲見 誠(いなみ まこと) 1963年、大阪・東大阪市生まれ。89年に大阪サンスポに入社。大相撲などアマチュアスポーツを担当し、2001年から阪神キャップ。03年には18年ぶりのリーグ優勝を経験した。現在は大阪サンケイスポーツ企画委員。