藤川球児監督率いる阪神は7月30日に今季初めて優勝マジックが点灯。投打がかみ合い、圧倒的な強さを示している。投手陣の安定感が抜群で、7月終了時点までに無失点勝利が「23度」、防御率は先発陣が「2・02」、救援陣が「1・80」と、ともに12球団トップの数字を残している。
高橋遥人も昨秋の手術を経て1軍に復帰し、先発は盤石。そのローテーションを見ていて、ふと気づいたことがある。現状、彼らが9番打者として打席に立つとき、右打席に入るのは才木浩人だけということだ。
左腕の大竹、伊原、伊藤将、高橋が左打席に入ることは、さもありなん。そこに加えて右腕の村上、デュプランティエも左打ち。6連戦でみれば「6分の5」が左打者で、才木以外の先発が右打席に入ったのは5月21日の巨人戦(甲子園)でのビーズリーまでさかのぼることになる。では、虎のエースらはどんな理由で左打者になったのだろうか。
「最初は右で打っていました。遊びで野球をやっていたので左でも打ったりしていたら『左でも打ちたいな』と思って。両打ちというより、左だけになってしまいましたね(笑)」
村上は野球を始めた小学1年時は右投げ右打ちだった。ただ、2年になった頃から興味を抱いた左打ちを繰り返していくうちに板につき、今に至るという。ただ、物心がついたときの感覚はいまでも残っているもので「ノックとかは右で打ちますよ」。日々、取材をする中でノッカー・村上をお目にかかったことはないが〝隠れ両打ち〟が見られたならレアだ。
デュプランティエは元来からの左バッター。ただ、野球を始めた5、6歳の頃に、野球経験のない父・ジョンさんが当時のコーチから「彼は右利き? 左利き?」と問われ「分かりません」と返答。体が小さく足が速かったデュプランティエ少年を見た同コーチが「左でバントをさせよう」とイメージし、打席の左右が決まったという。右腕は5月3日のヤクルト戦(甲子園)では来日初、現状では唯一の安打をマーク。打撃は好きか尋ねると「トキドキ!」と日本語で答えてくれた。
そういえば藤川監督も右投げ左打ちだった。そのいきさつも、いつか聞いてみたいと思う。(須藤佳裕)