昔話は往々にして自慢話になる。どんなにおもしろ、おかしく話しても聞く方は苦痛だろう。だから若い人は先輩に飲みに誘われても、何かと理由をつけて断る。が、こんな昔話もある。
Jリーグ2年目の1994年。ガンバ大阪(G大阪)を中心にサッカーを担当した。G大阪の当時の監督は釜本邦茂氏。1968年メキシコ五輪で日本を銅メダルに導いた希代のストライカーだが、「名選手、名監督にあらず」でG大阪は常に下位に甘んじた。
事件が起きたのは、その年の9月14日。ホームの万博記念競技場で行われた横浜M戦だった。その日は「後学のために連れていってください」と頼んできたサッカー好きの後輩記者を連れての取材で、手伝いの名目で記者席に座らせた。普段は一人だけ。いぶかしむ顔見知りの他紙の記者が探りを入れてきた。
「どうしはったんですか? 珍しいやないですか。2人やなんて?」
面倒なヤツには一発かますに限る。
「分かる? きょうはニュースを出すからさ」
一瞬、相手がどきっとした顔になった。あれ?! 反応が妙にリアルすぎるじゃないか。そういえば妙にそわそわしている記者もいた。なにかある…。その答えはハーフタイムの時にクラブが配布したリリースで明らかになった。「来季について…」の類だったと記憶している。試合後、会見したクラブが発表したのは、釜本監督の今季限りの退任。事実上の解任だった。
監督人事は水面下で動いていた。だが、Xデーはもう少し先だと高をくくっていた。甘かった。クラブはこの日に会見することを前日13日に釜本監督に通告していたという。だが、他紙の動きを察知したクラブ側が急きょ会見を設定した可能性も否定できない。
たっぷりと肝は冷やしたが、結果的に特落ちの大ピンチは回避できた。でも、そんな日に限って2人態勢。しかも「ニュースを書くから」なんて吹聴していたのだから赤っ恥だ。前述したギクッとしてくれた記者のおかげで、慌てて取材を始めた。クラブ側がリリースを出す前に事実関係も把握できた。事情を知らない後輩記者には「さすがですね」と言われたが、もちろんこれは自慢話ではない。(臼杵孝志)