中学卒業で大相撲の荒汐部屋に入門した丹治が秋場所(9月13日初日、両国国技館)で新十両昇進を決めた。ロシア出身の母ナタリアさんが新体操経験者で、自身も取り組んだ。同じ福島市出身の関脇若隆景の父で、元幕下力士だった大波政志さんに誘われ、小学3年で相撲を始めた。身長は185センチで体重は入門時から30キロ増えて144キロにまでなった。右四つの寄りを得意とし、しなやかさに力強さも加わった。
付け人を務めていた若隆景から多くを学んでおり「ここぞの一番の集中力がすごい。そういったところを見ているので、自分も集中することができた」と感謝。左脚手術のため名古屋場所を全休した兄弟子からはメッセージで「おめでとう」と祝福された。
17歳になってすぐに幕下に上がったが、その後は足踏みが長かっただけに「思い通りにはこられなかったが、うれしく思う」と満面に笑みを浮かべた。東幕下筆頭で臨んだ名古屋場所も楽な道ではなかった。4番相撲で3勝目を挙げたものの、その後は2連敗。3勝3敗で迎えた最後の7番相撲では、がむしゃらに前に出て十両の嘉陽を寄り倒した。
西幕下24枚目だった昨年の秋場所6日目、寝坊をして取組に間に合わず不戦敗となる珍事があった。師匠の荒汐親方(元幕内蒼国来)がNHK-BSで解説を務めていた間の悪さだった。同親方は「朝稽古の土俵には姿を見せたが、ちゃんこを取って昼寝をして寝過ごした」と説明。取組時はまだ荒汐部屋にいたという。師匠は審判部へ謝罪し若隆景の付け人として仕事があった丹治は遅れて両国国技館に現れ、高田川審判部長(元関脇安芸乃島)に「申し訳ありません」と頭を下げた。
平成8年初場所6日目、三段目の島虎は支度部屋で昼寝をして目の前の取組に間に合わなかった。服用したかぜ薬の副作用の影響もあって出番前に居眠り。起こされて慌てて土俵へ走ったが、裁定は不戦敗になった。午前中に取組がある序ノ口などで寝坊して遅刻する力士はいるが、午後の幕下では珍しい失態だった。
5月の夏場所を制した若隆景は7月1日に左太ももの異常を訴え、神経まひなどを引き起こす「コンパートメント症候群」の診断で緊急手術を受け名古屋場所を全休。同24日に東京都内の病院を退院し、歩行はできる状態だという。今月の夏巡業と9月の秋場所は全休の見通しで、11月の九州場所は十両転落が確実となっている。新体操で培った柔軟さや身体能力が注目される20歳のホープは今後の伸びしろが大きそうだ。「心技体を鍛えて番付を上げていきたい」と将来を思い描く。復活を歩む兄弟子を励ます白星を届け、いつかの恩返しをしてほしい。(江坂勇始)