東京都内で咲き続けるサルスベリ。さすがに盛夏の勢いは衰えたが、いまなお美しい(撮影・森岡真一郎) ■9月19日 風流とは無縁のわが身だが、今年の夏はピンクや白い花を枝いっぱいに咲かせる百日紅(ヒャクジツコウ)に目を奪われた。幹の肌が猿もすべって落ちるほどツルツルなため、一般にはサルスベリと呼ばれる。街路樹や公園などに多い。驚くのは異常な酷暑や豪雨に負けず、7月頃から散っても散ってもなお、咲き続けていることだ。
百日紅の名前どおり、類いまれな生命力を感じる。中国南部原産で世界の熱帯各地に分布し、日本には江戸時代以前に渡来したという。ロシアの独裁者と今月上旬、戦勝祝典とやらで150歳を目指す長寿談議に花の咲いた中国の独裁者も、サルスベリにあやかりたいのではないか。
それはさておき、生命力あふれるサルスベリは明治以来、多くの歌人の題材にもされてきた。虚弱体質だった正岡子規も、多くの作品を残した。中でも「世の中や ひとり花咲く 百日紅」は有名だ。病床に伏せる中、炎天下でもけなげに咲き続けるサルスベリに、自らの境遇を重ねて胸に迫る。
子規といえば、現在の東大教養学部の学生だった頃、野球(当時はベースボール)を始めた。捕手として熱中。野球を題材にした小説を書いたり、今も使われる「打者」「走者」「四球」など数々の野球用語を生み野球の発展に尽くした。亡くなったのは1902(明治35)年の9月19日で、きょうが命日にあたる。34歳の若さだった。
現代であれば米大リーグ、ドジャースの大谷翔平投手(31)と同年代。捕手として彼の剛速球を受けたかっただろう。そこで僭越(せんえつ)ながら、子規の大谷への願いを想像で俳句にしてみた。てっぺんへ 油断するなよ サルスベリ。お粗末でした。(森岡真一郎)