引退会見で村上宗隆(右)と抱き合う青木宣親=東京都港区(撮影・長尾みなみ) ★2018―21年担当・横山尚杜
村上が日本を代表する打者になる過程に、いつも青木の存在があった。2018年シーズンを終え、青木が新人だった村上を米ロサンゼルスの自主トレに連れていくと聞き、驚いた。
才能の片鱗を見せていたとはいえ当時の村上は、1軍の実績がほぼゼロ。青木は2軍で数日、練習をともにしただけで逸材と見抜き、渡航費用など含め全額負担した。「きっかけをつかんでほしい。ムネには『小さく考えてほしくない』と言いました。結果が出ないのは誰もが通る道。そこで自分を小さくする必要は全くない。『自信をもってやればいい』と伝えました」と、常に前向きな言葉で背中を押した。
一方で19年4月29日の広島戦(神宮)の三塁守備で失策し、その後の打球処理が怠慢だった村上を試合中に厳しく叱責した。優しく、ときに厳しく。18歳離れた村上をトップレベルに導く姿は、まさに師だった。
取材対象者としては、MLB時代を含め、活躍を憧れの視線で見ていただけに雲の上の存在。だが、12歳下の記者にも駅や空港で会うとコーヒーやサンドイッチを、時間をいただいたときはおなかがはち切れるくらい、ごちそうになったこともある。一度でも青木と接すれば、誰もがこういう先輩になりたいと思える。私の中では、理想の兄貴分ランキングで既に殿堂入りしている。(2018―21年ヤクルト担当、現侍ジャパン担当)