宮城・仙台育英高から高校屈指の遊撃手が、虎に加わる。高校時代甲子園で14試合を経験した阪神のドラフト3位・山田脩也内野手(18)が、再び聖地に帰って来る。
「自分を成長させてくれる場所だと思っているので、そこで試合を重ねるごとに成長していければいい。(早く)あの舞台に戻りたいなという気持ちはあります」
幼い頃から野球一筋で育った山田は、甲子園出場も果たした6歳年上の兄・利輝さん(TDK)の背中を追って仙台育英高に進学。入部してすぐの面談で、須江航監督(40)に思いを打ち明けた。須江監督は当時のことをこう語る。
「入学したときから『高卒でプロに行く』と話をしていた。こっちも最初からそのつもりでした」
須江監督と山田が初めて会ったのは、山田が小学校6年のとき。高校で再開したときも輝きを放っていた。「身のこなしが素晴らしくて、ちょっと他の子とは違うなというぐらいのボールさばきをしていた」。その才能を最大限伸ばすため、育成計画を立てていた。
「打撃はフィジカルの成長とともについていけばいいと思った。とにかくまずは守備と走塁を高校生では日本トップレベルにするということを意識して。これだけ守れる高校生いないよね、というふうに育てたいなとは思っていましたね」
1年夏からレギュラーに抜擢(ばってき)。すでに3年生のレギュラーレベルで通用する守備力が備わっていたという。加えて目を見張ったのが、〝野球〟のうまさだった。入部当初から、目の付け所はピカイチ。「このタイミングだったら走れそうだとか、変化球来そうだ、というのをちゃんと感覚として持っていた」。野球に対する貪欲さも強く持っていた山田は、みるみるうちに成長していった。その結果、須江監督が「状況に応じた打撃や走塁が、やはり一つ、高校生の中では、抜けているなと思わせるプレーがたくさんあった」と太鼓判を押す選手となっていった。
2年夏の甲子園で優勝を果たし、山田の高校野球はあと1年。高卒でのプロ入りを実現するために、どうしても必要なことがあった。
「客観的に自分やチームを見ることができる能力は、人が成長していく上でとても大事。そんな習慣や、感性、感覚がほしかった。まさかまさか、キャプテンになるようなキャラクターじゃないんだけど、プロに近づきたいなら、キャプテンをやった方がいいと思った」
本人と面談して思いを伝え、最後は山田の方から「やりたいです」と主将を願い出た。とはいえ、東北初の優勝を成し遂げたチームを引き継ぐことには、とてつもないプレッシャーがあった。「うまくいくことがほとんどなくて、これでいいのかな、みたいな。自分に負けてしまったところがありました」と山田。須江監督に主将の座を降りることを申し出たこともあった。それでもチームのためにも自身が適任だと諭され、歯を食いしばってチームをまとめ上げた。
そして、夏は2年連続で決勝に進出。神奈川・慶応高に敗れて準優勝となったが、表情は晴れ晴れとしていた。須江監督は「決勝戦まで到達できるほどの能力はなかったので、1年間、本人や周囲の努力、チームみんなで頑張ってたどり着いた。よくやったなと思います」と目尻を下げる。二人三脚で高卒でのプロ入りを実現し、指名されたのは甲子園を本拠地とする阪神。聖地に再び、〝甲子園の申し子〟が帰ってくる。
「これからは職業として野球をする。結果が全ての世界なので、そこと向き合ってやっていくことの難しさもわかる。まずはプロの環境に慣れて、早く1軍で活躍できるように頑張りたいと思います」
3日には実家のさいたま市内の公園で自主トレを公開し、7日の入寮に向けて準備は万端だ。入団会見で山田が掲げた次の目標は、トリプルスリー。ひとつひとつ、夢を実現させていく。(中屋友那)