クライマックスステージ、阪神―巨人ではテレビ解説を務めた鳥谷氏。各方面から引っ張りだこだ 年齢を重ねると早起きになります。ベテラン編集委員三木建次が、いつものように朝7時前に目が覚めてコーヒーを飲んでいたら「あら、鳥谷さんが出ているわよ」と、夫人のせつさんの声。ビヤ樽はあわててABCテレビ「おはよう朝日です」の画面に張り付きました。
「鳥谷くんらしい話やったな。視聴者からの、嫌いな食べ物はありますか? 克服するにはどうしたらいいですか? という質問に『トマト。食べられるんですけど、食感が得意じゃない。(でも)嫌いな物を食べなくてもいいんじゃないかと思っているんですよ。食べたい物が人が欲している物なので、無理に食べるよりも食べられるものでその栄養素を補えば問題ないと思うので』と」
私が、より鳥谷さんらしいと感じたのは、何でもスマートにこなす鳥谷さんですが、これだけは苦手というものはありますか? の質問の答えでした。
「ありますね。人付き合い。一番苦手です」
――なぜ?
「一人がいいです」
――球団にいたらチームワークもある
「それは仕事なので」
トラ番たちも見ていました。織原祥平が印象に残ったのは、どうしても試合に出たくないと思ったことは? に対する答えだったそうです。
「朝起きたときは毎日思っていました」
――なぜ?
「大変なんで」
――誰よりも球場に早く行って練習していたから大変だったんじゃないですか?
「わざと早く行って。試合前の時間を使って。試合に臨む気持ちを整理するために時間がかかったので、誰よりも早く行っていたんです」
織原は「練習が好きだからとか、やらなきゃいけないからとかじゃないのが、格好いい」と感じたようです。
当番デスクの阿部祐亮もうなずいています。
「トラ番のとき、朝早く球場に入って、誰が一番乗りかなと見ていたことがあります。いつも鳥谷さんが走っていました。走ったあと、ベンチ裏で待っていると、着替えながら出てくることがあるんです。裸を見ればびっくりしますよ、筋肉の線が…。ここが胸筋、ここから腹筋、と標本みたいにクッキリと見えます。毎回、惚れました」
複雑な顔をしていたのは、ビヤ樽です。
「ロッテで引退やもんな。きょうは坪井(智哉)コーチのDeNA退団が発表された。今岡コーチ(真訪ロッテヘッドコーチ、今季で退団)も、日本ハムの監督になった新庄(剛志)くんもみんな…」
ビヤ樽が新庄さんを初めて取材したのは1996年。入団7年目で、4番も打つようになるときの春季キャンプです。
「安芸の街を夜歩いとったら、バッタリ出くわして、『面白い体形していますね』と言われた。『この体のおかげで(名前と顔を)覚えてもらえるんや。新庄くんもそうやんか。まだ数回しか話してないのに、こうやって声をかけてくれるやろ』と答えたら、納得してくれていた」
先日、新庄監督が清宮に「ちょっとデブじゃね? 少し痩せた方がよくね」と声をかけたニュースを見てそれを思い出したというビヤ樽は、ちょっとさびしそうでした。
「自分が取材した選手が、指導者になって今も活躍しているのはうれしいけど、最近はみんなヨソにいっての活躍やから、そこはさびしい」
阪神球団がFA権をもつ梅野の残留に全力を尽くすことを表明しました。そうなってほしい。活躍してくれるのはうれしいけれど、阪神でずっと-の方が、みんなもっともっとうれしいですから。