57年ぶりの日本開催となった東京五輪が幕を閉じた。収束のみえない新型コロナウイルス禍のなか、開催の是非に揺れた大会でもあった。大半が無観客となった17日間の期間中、サンケイスポーツの担当記者は試合の結果のみならず選手や関係者の五輪にかける思い、明暗を分けた理由などを丹念に取材し、伝えようとした。聖火が消えたいま、担当記者が真夏の祭典を振り返る。
寂しい五輪だった。ガランとした観客席に「これが五輪なのか」と思わざるを得なかった。
日本選手団の大活躍には、多くの人がテレビを通して声援を送ってくれた。それは選手にも伝わった。大会が開催され、試合に出られたことをどの選手も一様に喜び、感謝していた。ただ大観衆の熱で、選手が普段では考えられないパフォーマンスを発揮できるのも五輪だ。地元開催という特別な場で、選手にそんな経験をしてほしかった。
無観客で競技の特性が毀損(きそん)された例もある。新種目の3人制バスケットボール(3×3)はポップな音楽が流れる中、DJの話術に観客が呼応して雰囲気を醸成する若者文化だ。今回は客席からの打ち返しがなく、文化としての3×3を紹介したといえない。これはスケートボードなども同じだろう。
開幕後の感染者数急増を考えれば仕方がない。それでも…。多くの会場を駆け回ったが、閑散とした場内と、移動中に見た公共交通機関や街中の人の多さがあまりに対照的で、「人流抑制とは何なのか」と思わざるを得なかった。(只木信昭)