プロ野球の「日本生命セ・パ交流戦」は26日、各地で5試合が行われた。ヤクルトは青木宣親外野手(39)が、日本ハム2回戦(神宮)の一回に右前打を放ち、米大リーグでの774安打を含め、日米通算2500安打を達成した。オリックス、マリナーズなどで活躍したイチロー、巨人、ヤンキースなどでプレーした松井秀喜、西武、メッツ、楽天などに在籍した松井稼頭央に続いて、日本選手では史上4人目の快挙となった。チームは4-3で接戦を制した。
夕暮れの神宮球場。節目の一本は、青木らしい打球だった。一回2死、カウント3-0。低いライナー性で一、二塁間を破った。日米通算2500安打を達成したベテランが、一塁上で柔和な表情を浮かべた。
「2500安打を達成できたことは幸せです。これからもチームのために一本でも多く打てるように努力したい」
記念ボードを掲げると、本拠地のスタンドから温かい拍手が降り注いだ。メジャーの大先輩、イチロー、松井秀喜、松井稼頭央に続いて、日本選手としては史上4人目の偉業を成し遂げた。
24年ぶりに「スーパームーン&皆既月食」が日本列島に現れた夜。神宮の夜空でも雲の切れ間から珍しい天体ショーがわずかに確認できた。
七回には二塁内野安打で今月2度目の複数安打をマークした。入団1年目、2004年10月6日の阪神戦(神宮)で放ったプロ初安打を皮切りにNPBで1727本、米大リーグで774本。日米通算2142試合の大台到達はイチローに続くスピード記録となった。
ロイヤルズに在籍していた14年。シーズン前半で人生最大の打撃不振に陥った。「考えても、考えてもどうしても打てない状態」だったという。スランプを抜け出すきっかけは、当時ヤンキースに所属していたイチロー氏の言葉だった。
カンザスシティーのステーキ店で食事をする機会に恵まれた。「何をやっても駄目なんです。どうすればいいんでしょうか」と弱音を吐くと、日米通算4367安打の天才打者から「そんなに考えても駄目なら、もう一回考えればいい」と突き返された。「(頭の中では)もう一歩と分かっていたところを諦めそうになっていた」と青木。最善の準備と努力を繰り返す、原点に立ち返った。
コロナ禍で今季は濃厚接触者判定を2度も受け、4月の自宅待機後は、本来の調子を取り戻すのに時間を要した。運動量が少ないと感じれば、先発投手並みに外野のポール間を走り込み、スイング数が少なければ、若手と一緒にティー打撃や投球マシンを相手に黙々と振り込んだ。
「毎日やらなきゃいけないことから自分が逃げないこと。しっかり考えてそこにアプローチしていくことがすごく大切だと思う。まあ、諦めないということですよ」
イチロー氏から授かった言葉は、39歳となった今も支えとなっている。
スタンドでは夫人の佐知さんと2人の子供が雄姿を見届けた。「自分がつらいときにいつも寄り添ってくれていたのが妻。そして子供と触れ合うことで本当に元気をもらえる。家族のおかげです」と感謝の言葉を伝えた。
家族にとってもチームにとっても大黒柱。6年ぶりのリーグVへ-。終身名誉キャプテンは、まだまだ歩みを止めない。(横山尚杜)
◆通算2500安打の青木にヤクルト・高津監督
「彼が努力し続けた結果だと思う。変化することを恐れない。その時代にあった自分を作っていこうとする。努力する姿勢は、本当のプロフェッショナルだと感じます」
■吉兆?天体ショー
26日は24年ぶりに皆既月食とスーパームーンが同時に発生した。太陽、地球、月が一直線となり、月面が「赤銅色(しゃくどういろ)」と呼ばれる赤黒い色に見える皆既月食と、通常の満月よりも大きく、明るく見えるスーパームーンが日本で見られたのは1997年9月17日以来。同日のヤクルトは阪神戦に4-2で勝利。同年は2年ぶりのリーグ優勝と日本一を達成した。次回、日本列島で同時に見られるのは2033年10月になる。