漫才トリオ、レツゴー三匹のメンバーとして全国的な人気を博し、俳優や歌手としても活躍したレツゴー長作(ちょうさく、本名・永原誠=ながはら・まこと)さんが1日午後8時35分、肺がんのため大阪市内の病院で死去した。74歳だった。2016年3月末から入退院を繰り返し、昨年の夏すぎには抗がん剤なども効かないように。最期は家族に看取られ、天国へ旅立った。
「じゅんで〜す!」「長作で〜す!」「三波春夫でございます!!」。得意のつかみで人気を博したレツゴー三匹の長作さんが旅立った。
4日に死去を発表した所属事務所によると、2016年3月末から肺がんのため入院。進行性がんだったため完治しないと言われていたが、入退院を繰り返しながら抗がん剤、放射線治療を続けた。昨年2月には出演予定だった舞台「おもろい女」(名古屋・中日劇場)を休演。同年の夏すぎから治療効果が薄れ、同12月18日から緩和ケアをしていた。
妻が付きっきりで看病に当たり、24時間いつでも見舞いができる環境だったため、長男、長女、次女も頻繁に病室に足を運んでいた。亡くなる前は息をするのがやっとの状態だったといい、最期は家族に看取られた。
遺言書はなく、子供たちには1人ずつ「家族仲良く、お母さんを大切に」などという話をしていた。
葬儀・告別式は3日に執り行われた。棺には友人からの手紙、老眼鏡、めがね、三味線のバチ、漫才の台本などが納められた。
長作さんは、1943(昭和18)年9月29日、岡山県出身。64年に松竹新喜劇に入り、同年11月に初舞台を踏んだ。その後、タイヘイトリオ門下生となり、69年10月に、レツゴー正児(77)、2014年5月8日に脳出血で死去したじゅんさん(享年68)とレツゴー三匹を結成し、大阪の漫才賞レースを次々と獲得するなど一時代を築いた。
長作さんは漫才活動のかたわら、三味線を使ったひとり噺で全国を回った。天性のいい声をいかして歌手「人長作(じん・ちょうさく)」としても活躍。俳優としてはNHK連続テレビ小説「あすか」(99年)などに出演した。
最後の舞台は2016年3月27日、大阪・道頓堀角座の昼席だった。3人が生み出した爆笑のコンビネーションは、昭和漫才史の象徴として語り継がれる。
「レツゴー三匹とたかし・ひろしがトリを競い合い、切磋琢磨し、ライバルとして頑張ってきたことを思い出します」
「デビューしてすぐの頃、自宅が近かった。ある日、長作さんが家に招待してくれてビフテキをごちそうしてもらった。いつも励ましてくれる存在でした」
「芸に対しては本当に努力家でした。とてもかわいがってもらったので、残念です」
「とても芸熱心で、舞台に対して熱心で努力家だった。長作師匠の散歩コースに僕の家があって、家の下から『とおるちゃん、いてるー?』って呼ばれ、喫茶店に行くこともあった」