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【緊急連載 ありがとう闘将(2)】ホシノ流凄味感じた03年FA金本とのファミレス電話交渉

星野氏(右)は阪神監督時代、金本(左)を口説いてFA移籍させた
星野氏(左)は新井(右)の阪神へのFA移籍でも静かに背中を押していた

 1996年から星野番を務めたサンケイスポーツ運動部長・稲見誠が振り返る「仙さん逝く ありがとう闘将」の第2回は星野仙一氏が持つ言葉の力-。

 「僕がFAを取って星野さんが監督じゃなかったら、タイガースに来ていないと思う」。訃報が明らかになった6日、阪神・金本監督は恩師との関係を振り返った。広島の不動の4番、近鉄・中村紀、ヤクルト・ペタジーニのトリプル補強を目指した2002年オフ。闘将は激動の日々を送った。

 ある時、星野氏とファミリーレストランで食事をする機会があった。「ここからは新聞記者の立場を忘れろよ」。厳命に思わずうなずいた。携帯電話を取り出して、かけた相手が金本。「久しぶりやな。元気か」。店内は満員。それでなくても注目を浴びているのに堂々と交渉を始めた。「阪神に来ることになってるんや。運命や。いいから条件を言えよ。インセンティブはどうするんだ」。その前の日も電話をかけていた。そんな状況で「久しぶり」や「元気か」を口にする。ホシノ流の凄味を感じた。


 大阪市内のホテルでの中村紀との極秘交渉はマスコミの目を避けるため、知人が運転する車のトランクに身を隠した。ペタジーニには渉外担当を派遣し、直接交渉を命じた。「こういう時は攻めるのが一番。攻めまくるんや」。その一方で重い腰を上げる素振りを見せることもある。

 阪神のSD(オーナー付シニアディレクター)をしながら日本代表監督を務めていた07年10月。12月に台湾で行われる08年北京五輪のアジア予選に向け、神戸で合宿中だった。メンバーにFA権を獲得していた広島・新井がいた。「相談があります」。そんな言葉に部屋の扉を開けた。新井は緊張のあまり話さない。「タバコは吸うのか。じゃあ俺のを吸えよ」。ようやく口が開いた。

 「阪神に移籍するかどうか迷っているんです。どうすればいいでしょうか」

 「今は日本代表監督なんや。そんな俺が一選手に、アドバイスできると思うか」

 見ればタバコを持つ新井の手がかすかに震えている。

 「じゃあ1分だけ、代表監督やなくて、阪神のSDになる。カネ(金本)も悩んだ。俺も悩んだ。2人とも悩んだ末に前に出た。2人とも今は後悔してない」。翌日、新井から電話が入った。「お世話になります」。硬軟織り交ぜた星野マジック。その妙味もまた闘将の魅力だった。

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