ボクがやろうとすることには、「ダメだ」ではなく「よし、やってみろ」。選手が活躍すれば「オマエから渡してやれ」とボクにそっと高級時計を差し出す。今だから話せるが、借金で困っている教え子や選手がいると聞けば、自費で援助したことも1度や2度ではない。頼まれたら断れない、まさに親分肌の人だった。
おやじに一度だけ反抗したことがある。14年のシーズン終盤。監督室に呼ばれ、告げられた。「おめでとう。来季はオマエが監督だ」。ただ、星野さんは体調が悪く、球団を去ろうとしていた。ボクが「おやじが辞めるなら、ボクも辞めます」と言うと、苦笑いして「分かった。オレも残るから、やれ」。これが、一番の思い出だ。
ボクは1年で監督を辞め、東京・新橋に居酒屋を開店した。ほどなく、楽天時代の顔なじみが何人も店にやってきた。後で聞けば、星野さんが「デーブの店に行ってやれ」とポケットマネーを渡したという。こんな「おやじ」は、もう球界に現れないだろう。(サンケイスポーツ専属評論家)