45年来の絆は、深い。監督と選手、兄貴と弟分の関係は変わらないと、つくづく思う。
つい先日、野村克也氏(サンケイスポーツ専属評論家)を囲む会があった。今月8日に沙知代夫人を亡くした野村氏を、励ますための集まりで、江本孟紀氏(同)も参加。1972-75年に南海ホークス(ソフトバンクの前身球団)で投手・江本、監督兼捕手・野村としてバッテリーを組んだ間柄だ。
最初は沙知代さんをしのび、思い出話でしんみりしながら、やがて南海時代のユニークなエピソードが続々。明るい会になっていった。
その1。春季キャンプの演習メニューで「マラソン」が行われたとき。江本氏ら数人が、近所を走っていたトラックの荷台に乗せてもらい、キセルしてゴール地点に帰ってきた。野村氏はそれに気付いていて、「だれや、ズルしたのは。名乗りでい」-。
その2。キャンプの宿舎に真夜中、門限破りの江本氏ら数人が抜き足、差し足で、壁づたいにこっそり帰ってきた。これも野村氏にバレていて、翌朝、「だれや、壁の上を歩いていたのは。名乗りでい」-。
江本氏は「あれ、どうして分かったんですか。情報収集力と洞察力、すごかったですねえ」と感嘆しきり。
その3。江本氏もすかさず反撃。法大時代、神奈川・川崎市の合宿所を脱走して、兵庫・西宮市にあった部員の実家の旅館で生活していたとき。すぐ近所に野村氏の邸宅があり、その部員らがいたずらで、野村氏の高級車をパンクさせていたことを告げると-。
「そういえば旅館があった。あそこにいたんか。知らないことは、あるもんやなあ」と野村氏も仰天。バッテリーの呼吸は今でもぴたりで、笑いの渦が巻き起こった。
その両氏は来年2月10日、宮崎で行われる「ジャイアンツvsホークスOB戦」に出場する。競演が楽しみだ。
なにより野村氏は「来年も仕事、やらせてもらえるんか」と、意欲と元気を取り戻している。サンケイスポーツでしか読めない両氏の評論もぜひ、お楽しみに。