投球フォームも原点回帰だ! 日本ハム・斎藤佑樹投手(28)が5日、千葉・鎌ケ谷市の球団施設で自主トレを公開。背水のプロ7年目に向け、輝きを放った早実高、早大1、2年時を参考に、投球フォームの改良に着手していることを明らかにした。背番号を「18」から、全国制覇した栄光の早実高時代に背負った「1」に変更して臨むシーズン。フォームもハンカチ王子時代に戻し、悲壮感を漂わせて巻き返しを図る。
吹きすさぶ寒風をものともしない。3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表に選出された増井と鎌ケ谷スタジアムで行ったキャッチボール。斎藤が、気持ちよさそうに右腕を強く振った。
「キャッチボールはずっと続けてきたし、体はできています。いつでも投球練習ができる状態。近いうちにブルペンに入れると思います」
昨季は11試合登板にとどまり、0勝1敗、防御率4・56。2013年以来の未勝利に終わった。もう後がない、背水のプロ7年目。崖っぷちに追い詰められた右腕は早実高、早大時代を参考にフォーム改良に着手していることを明かした。
「いろいろな動画を見て、何がベストのフォームか、考えながらやっている。結果をみると、高校時代と大学1、2年時のフォームがある。当時と今とでは体つきも違いますが、いいところを取り入れられるようにやっていきたい」
早実高3年から早大2年にかけて、斎藤は投手として最も輝いていた。軸足の右膝を深く曲げてためをつくる独特のフォームから右腕をしならせて、140キロ台後半の速球を連発。早実高3年時の2006年夏の甲子園を制しハンカチ王子として、全国区になった。早大1年時には春秋連続して東京六大学リーグのベストナインに選ばれるほど活躍した。
その後、さらなる球速アップを求めた結果、フォームを崩し、精彩を欠いていった。追い打ちを掛けたのが、プロ2年目の12年終盤に発症した右肩痛。フォームも徐々に迫力を欠き、昨季は140キロを超えるのが精いっぱいだった。
まばゆいばかりの成績をあげたハンカチ王子時代のフォームを取り戻すために、このオフ、必死に取り組んでいるのが肩の可動域を広げるトレーニングだ。肩甲骨や胸郭のストレッチなどに励み、肩の柔軟性を高めてきた。
「(可動域が)広くなることでリリースのタイミングが合い、ボールが指にかかるようになった。肩も最近にはないほどいい感覚」と、手応えを口にした。
自身の立場は痛いほど分かっている。「(起用されるのは)どこでもいい。投げることが僕にとって大事。1試合でも、1イニングでも、1勝でも多くできるように必死にやる。キャンプでスタートダッシュできるように、肩をしっかりつくりたい」。先発へのこだわりも完全に捨てた斎藤が野球人生をかけて、7年目のシーズンに臨む。 (片倉尚文)
★早実高(2004-06年) 1年夏からベンチ入りし、2年夏からエース。3年春のセンバツは準々決勝で横浜高に敗れた。夏も甲子園に出場しハンカチ王子として人気に。決勝では田中(現ヤンキース)擁する駒大苫小牧高を引き分け再試合の末に破り、初優勝の立役者となった
★早大(07-10年) 1年春は開幕投手を務め白星を挙げるなどリーグ優勝に貢献。全日本大学選手権では日本一に輝き、大会MVP。同秋は2季連続で優勝し、明治神宮大会で準優勝。2、3年時には背番号「1」を背負い、2年秋にリーグV。3年時の11月に早大100代目主将就任。4年秋には通算30勝&300奪三振を達成しリーグV。明治神宮大会では胴上げ投手となった