(セ・リーグ、巨人4-6広島、22回戦、11勝11敗、10日、東京D)ついに優勝の重みを勝ち取った。広島・黒田博樹投手(41)が10日の巨人戦(東京D)に先発し、6回6安打3失点で9勝目(8敗)。リーグ優勝決定日では最年長での白星を挙げた。ナインの手で5度胴上げされた男気右腕は新井と抱き合って男泣き。大リーグから復帰し、2年目で初めて日本球界の頂点に立った。
男泣きした。黒田の広島入団20年越しの思いが一気にあふれ出た。新井を見つけ、熱い抱擁を交わすと涙腺は決壊。盟友の胸に泣き崩れた。緒方監督の次に胴上げされ、5度宙を舞っても、顔を手で覆い、天井を見上げることもできない。日米通算200勝を重ねたシーズンにつかんだ25年ぶりの頂点は格別だった。
「最高ですね。新井とは『このチームを強くしたいね』と言っていた。今シーズンはいつ投げられなくなってもいい、常に集大成だと思って」
マジック「1」で先発の出番が回る運命の巡り会わせ。右肩は本調子ではない。それでも、2点を守る六回一死一、二塁のピンチをしのぎ、6回3失点と粘った。バットを握れば、0-2の三回先頭でマイコラスに11球を投げさせ、打線を鼓舞(結果は三振)。四回の逆転につなげた。
「一番は若い選手が優勝を経験したこと。野球人生に生かしてほしい」
復帰1年目に4位に沈み「このままでは終われない」と現役続行。変革へ、遠慮がちな若鯉にいたずらを仕掛けた。昨季5勝と苦しんだ野村には隙を見て、ランニングシューズの中にみかんを隠すドッキリを敢行。自ら距離を縮め、ノウハウを伝えた。調整法を助言した右腕はここまでリーグトップに並ぶ14勝。雲の上の存在だった男が後輩と同じ目線で戦った日々は報われた。
エリート街道を歩んできたわけではない。大阪・上宮高時代は3番手投手。専大で肩痛に悩み、プロ1年目には2軍で1イニング10失点の屈辱も味わった。不断の努力の末、日米でエースの称号は得たが、悔し泣きした過去を忘れない。いまも登板の度に9分割の配球チャートをノートにつけ、予習復習。愚直に野球と向き合ってきた。
「広島で野球をするほうが、より1球の重みが感じられると思った」-。14年オフに米球団からの20億円以上のオファーを蹴り、8年ぶりに単年4億円で電撃復帰した理由だ。球団の2年契約の提示を拒み、「1カ月契約」を提案したのも結果が出なければ、即引退の覚悟で古巣のユニホームに袖を通したかったから。この2年間、49試合で4844球を投げ、優勝の重みを感じ取った。
「夢のようで、ちょっと出来すぎ。まさかこういう結末が待っていると思っていなかった」
周囲の恩義を大切にし、応えるうちに「男気・黒田」が定着した。9勝目を挙げ、ドジャース時代からの7年連続となる二桁星に王手をかけたが、11日に登録抹消され、リフレッシュを図る見通し。個人記録は二の次。32年ぶりの日本一へ、チームのためにマウンドに立ち続ける。