村田氏(右)が出席した「HEROs」の表彰式に駆けつけた菊地。〝恩師〟の晴れ舞台でプレゼンターを務めた(撮影・斎藤浩一)
菊地(右)は、村田氏がフォークボールの握りを披露すると熱い視線を送った(撮影・斎藤浩一)
桐蔭横浜大・菊地
第7回「離島甲子園」佐渡大会で投球フォームを指導する村田兆治氏(左)
2019年に長崎県対馬市で開催された離島甲子園 ギャラリーページで見る巨人から育成ドラフト6位で指名された菊地大稀投手(22)=桐蔭横浜大=が、元ロッテの村田兆治氏(72)と対談し、1年目での支配下登録と200勝を誓った。離島の中学球児が集う「離島甲子園」出場選手として初のプロ入りを果たした新潟・佐渡市出身の右腕。同大会の開催を推進し「HEROs AWARD(ヒーローズアワード)」で、その活動を表彰された村田氏と7年ぶりに対面し〝金言〟を授かった。(取材構成・鈴木智紘)
■〝恩師〟と7年ぶり再会 離島の星は、その一言を道標としてきた。
「夢を諦めるな」
2014年に佐渡島で行われた第7回離島甲子園。当時中学3年生だった菊地は、式典のあいさつで村田氏が球児に語り掛けた言葉を「ずっと心の中に置いて練習していました」と振り返る。
186センチ、90キロ。堂々たる体格を誇る最速150キロ右腕は、県立の佐渡高から桐蔭横浜大に進み、今秋の神奈川大学リーグでは4勝を挙げて最優秀投手賞を受賞。10月のドラフト会議でプロの扉をこじ開けた。
「孫みたいなもんだ。いい体をしているから楽しみだね」
佐渡市出身で初、離島甲子園出身としても初のプロ野球選手となった菊地に、村田氏は目を細めた。村田氏は対外試合の機会が少ない離島に住む中学生のため、大会の開催を推進。次世代の育成、過疎化が進む離島地域振興への寄与が評価され、今月20日にアスリートの社会貢献活動を表彰する「HEROs AWARD」男性部門を受賞した。
東京都内のホテルで開かれた表彰式に、プレゼンターとして〝サプライズ参加〟したのが菊地だった。タオルを手にしたシャドーピッチングでフォームの指導を受けて以来、7年ぶりの再会。菊地のプロ入りを佐渡島の関係者から聞いたという村田氏は「彼自身が努力を積み重ねた結果。うれしいよ」と喜んだ。