松井秀喜監督はヤンキース時代の2009年ワールドシリーズでMVPに輝いた巨人では不動の4番打者だった松井氏だが、大リーグでの晩年は苦境に立たされ、何度も苦い経験を味わった。
ヤンキースで日本選手初のワールドシリーズMVPを受賞した09年でさえ、レギュラーシーズン中は左膝痛の悪化防止を理由にDHに専念。DH制のないナ・リーグとの交流戦ではスタメンから外された。翌10年に移籍したエンゼルスでは巨人1年目以来となる代打を送られ、最後に所属したレイズでは背番号35でマイナーリーグからスタートした。
こうした経験から学んだのは監督と選手のコミュニケーションの重要性だろう。最近は変わりつつあるとはいえ、日本球界はトップダウン(上意下達)体質。一方、大リーグでは監督やコーチが試合の前後に起用法などを選手に説明するのが一般的だ。監督室のドアが開いていれば、選手が采配などについて直に質問することが可能。ヤンキースGM付特別アドバイザーとしてマイナーリーグの巡回コーチを務めたことで、松井氏の「人心掌握術」の知見は深まっているはずだ。
本人も自覚しているように采配は未知数で、試合の流れを読む勝負勘を取り戻すのも時間がかかるだろう。だが今は、どんな監督像を描くのか楽しみでしかない。