九回を締めて、NPB通算100セーブに到達した阪神のラファエル・ドリス=甲子園球場(撮影・甘利慈) (セ・リーグ、阪神7-5巨人、7回戦、巨人4勝3敗、2日、甲子園)ドミニカ共和国からはるばる日本に来て11年。阪神のために腕を振ってきた背番号98が、NPB通算100セーブを達成。甲子園の万雷の拍手がラファエル・ドリス投手(38)を包んだ。
「自分でも実感がない数字ではある。また家に帰って、『本当に100セーブしたんだ、本当かな』って思うぐらい。本当に興奮しています」
6点差の九回にダウリ・モレッタ投手(30)=前パイレーツ=が1死も奪えずに4点を失い、7―5となって緊急登板。それでも落ち着いた投球で見事に3人で片づけた。NPB241登板での100セーブ。38歳3カ月での達成は歴代最年長記録だ。
通算100セーブを挙げた阪神のラファエル・ドリス=甲子園球場(撮影・甘利慈)「チャンスをもらえなかったら、こういう場面に立てていない。自分のことを信頼してもう一回、戻してもらった。自分の年齢も関係なく信じてくれたなと思うので感謝したいなと思います」
2016年に阪神に入団し、4年間で96セーブ。17年にはセーブ王のタイトルも獲得した。20年から2シーズンは米大リーグ、ブルージェイズに所属。その後メキシコに渡り、24年に転機を迎えた。アメリカやメキシコのリーグからオファーがあった中で選んだのは、日本の独立リーグ、四国IL高知。もう一度日本で、NPBで野球がしたいという強い気持ちで、再び来日した。
最高峰の舞台とはかけ離れた環境だったが、全ての生活を一人で行ってきた。1年を終えて2年目には運転免許を持って帰ってくると、球団から車を借りた。毎日約1時間、車を走らせて練習へ。午後は初動負荷のトレーニングを行い、温泉に行き、自分で夕食を作って食べる。甲子園のマウンドに戻るために、そんな生活を続けてきた。
藤川監督とも、切っても切れない仲がある。指揮官の母校・高知商高のグラウンドで、ともにキャッチボールをしたこともあった。そして虎将に就任した25年、ドリスもNPBに復帰。契約が決まってからは、体重を10キロも落とした。再びタテジマで刻んだ4セーブ。藤川監督の通算100勝も締めた。あくなき情熱で、最年長での偉業を成し遂げた。
藤川監督は「オジさんだね(笑)。力のあるベテランというのは非常に大きい。ありがたいですね」と目尻を下げた。ドリスも「今日は(お祝いもせずに)しっかり寝て休みます。もう、オジさんなので」と笑った。海を渡って野球に全てをささげてきた男は、これからも盟友が率いる虎を勝利に導いていく。(中屋友那)