前回2023年のWBC準決勝。日本・村上宗隆のサヨナラ打を、山手線車内で見届けた。その瞬間、複数の乗客から控えめな歓声が上がった。私も彼らも、スマートフォンで、アマゾン「プライムビデオ」のライブ配信に熱中していた。
国内で地上波テレビ中継がない今年のWBC。ネットフリックスは、視聴料の期間限定割引やパブリックビューイングなどの施策で、批判的な空気を変えようとしている。有料配信視聴に慣れている20歳代から50歳代の中壮年層から、大きな不満は聞こえない。前回の私のように、場所と時間を選ばず楽しめるのなら、むしろ便利との声もある。
しかし、配信オンリーの今回のWBC中継が、経済的障壁と技術的障壁による「視聴弱者」を生むことは事実だ。経済的障壁は無料動画視聴に慣れた若年層(10代以下)。技術的障壁は主たる情報源をテレビに依存する高年層(60代以上)。特に後者は有料配信に慎重だったり、ネット環境に不慣れだったり、さまざまな理由があろう。
放送権料は、1927年の米国で、ボクシング実況中継を行うラジオ局に対し、興行主が入場料収入などの補塡(ほてん)を求めたことが起源とされる。
商業放送として放送事業が発達した米国に対し、欧州では公共放送を中心に発展した。英国では54年にスポーツ放送における「ユニバーサル・アクセス権」(UA権、自由に情報にアクセスできる権利)が保証され、欧州主要国でも五輪、サッカーW杯など国民の関心が高い大会では、全部または一部を無料で放送することが義務付けられている。
UA権がない日本で、無料放送を義務付ける根拠もない以上、ネットフリックスだけに責任を押し付けることはできまい。しかしスポーツの無料放送が長く定着してきたからこそ、正月の駅伝から五輪、WBC、サッカーW杯と「スポーツ観戦好き」の国民性を育んできた。日本特有の事情と国民性が、今回の議論沸騰の一因でもある。
まして日本のプロ野球協約は、野球を「不朽の国技」「社会の文化的公共財」とする、とうたっている。天皇ご一家が観戦される8日の天覧試合さえ、国民が自由にアクセスできないのは、やはり歯がゆい。(サンケイスポーツメディア局局長・加藤俊一郎)