この違いは、スイングそのものの違いでもある。長嶋は体重移動を使っていたのに対し、私は腰を中心とした軸回転でスイングしていた。
長嶋は、アウトステップしながらも外に逃げていくスライダーを芯で捉えて本塁打にすることができた。王貞治にせよ、私にせよ、ホームランを打つ瞬間の写真は同じようなフォームになっているはずだ。しかし長嶋は、顔はレフトを向いているのに、打球はライト…というように、多種多様な本塁打の瞬間がある。そんな離れ業は他に誰ができようか。
それを可能にしていたのは、努力によって培われたスイングスピードの速さだった。軸足の「ため」と左足で作った「壁」で、弾かれるようにバットがしなり、ヘッドが走る。そのため他の打者より100分の数秒長く球を見ることができ、フォームを崩しながらもヒット、ホームランにしてしまう。それは「二枚腰」と評された。
長嶋に打たれた投手が「打たれた瞬間、目の前にバチッと稲妻が走ったような感覚」と言ったのを覚えている。「二枚腰」はアウトステップとスイングスピードに裏打ちされたものだが、それでも凡人の私には、やはり「天才」としか表現できないのである。(2016年11月4日付『ノムラのすべて』より)
■野村 克也(のむら・かつや) 1935(昭和10)年6月29日生まれ。京都府出身。峰山高から54年にテスト生で南海(現ソフトバンク)入団。65年に三冠王。70年に兼任監督となり、73年に優勝。ロッテ、西武にも所属し、80年に45歳で現役引退。主なタイトルはMVP5度、本塁打王9度。通算3017試合で打率.277、2901安打、657本塁打、1988打点。90年からヤクルト、99年から2001年まで阪神で指揮を執った。社会人のシダックス監督を経て06年から09年まで楽天監督を務めた。20年2月11日、虚血性心不全のため、84歳で死去。1989年に野球殿堂入り。右投げ右打ち。