高校を中退し、アマチュアバンドを組み、神戸などで歌っていた(右が俺) 関西にゆかりの芸能人が自らの歴史をひもとく「関西レジェンド伝」。今回は、神戸市東灘区出身の歌手、もんたよしのり(68)の登場です。「ダンシング・オールナイト」の大ヒットから39年。音楽との葛藤や世界各地を放浪した過去を経て、いまも独特のハスキーボイスで歌い続ける人生を語ります。
実家は神戸市東灘区にあった寝具店「大白」。6人きょうだいの長男で、父は店を継いでほしいと思っていたようやった。
俺が小学生の頃は漁師町でね。深江や芦屋の浜で泳げたもんや。きれいな白砂が広がっていた。北に行けば、芦屋ロックガーデンがある。山があって海があるから、遊ぶには最高。芦屋川のそばには異人館もあって、子供心にもなんていい土地なんやと思っていた。そのうち海は埋め立てられ、阪神大震災で街並みも変わってしまったね。
はじめは本庄小学校に通っていたけど、4年生のとき東灘小学校ができて、俺は1期生になる。「兎の眼」などで有名な児童文学作家の灰谷健次郎さんが美術の先生でいらした。弟たちもかわいがってもらっていてね。後年、対談もさせてもらった。
音楽との出会いは、すなわちビートルズとの出会いやった。本庄中学1年のとき、工作の授業で鉱石ラジオを作った。受信に成功したら、「抱きしめたい」のメロディーが流れてきたんや。衝撃だった。今まで聴いたことのない音楽。一発で心をもっていかれた。
それから出るシングルを次々と買っては、一日中聴いてた。英語の歌詞も耳で覚えたから、今でもソラで歌えるくらい。反抗期だったし、学校もおもしろくないし、いろんなモヤモヤを抱えていたけど、ビートルズの曲を聴いたら満たされた。これが自分が求めていたものや、と思った。