さらに存在感を見せつけたのは4年目の2006(平成18)年。中継ぎで序盤に11試合連続無失点を記録。登板数もリーグトップの65まで伸ばして、ホールドポイント35(勝利8、ホールド27)で阪神・藤川球児と並んで「最優秀中継ぎ投手」のタイトルを獲得した。
しかし、ボールの力が落ちた2009(平成21)年のオフに日本ハムへのトレード通告。翌年には戦力外通告を受けている。選手としての実働は8年間で294試合に登板して30勝28敗9セーブ、防御率3・61。
2012(平成24)年からは日本ハムの2軍投手コーチ就任も、昨年秋に解雇された。すでに12球団の今季陣容は終わっており、プロ球界のことしの復帰はない。
武男さんは息子が横浜に在籍していたときに鬼籍に入っている。山あり谷ありの息子をどうみているのか。加藤が横浜入団時のような人生の決断をする第2幕は近々、ありそうだが…。(プロ野球取材歴40年、角山修司)