0-2で完敗した5日のキリンチャレンジ杯・ウルグアイ戦(札幌ド)から一夜明けた6日、日本代表は札幌市内で約1時間の調整を行った。出場機会のなかったMF柴崎岳(22)=鹿島=は、ハビエル・アギーレ監督(55)が初勝利を狙う9日のベネズエラ戦(日産ス)での出場が決定的。新たな司令塔となる覚悟を示し、チーム内では柴崎待望論のムードが高まった。チームは空路で帰京。7日から横浜市内で調整に入る。
前日とは打って変わって青空が広がった札幌。アギーレ監督の初陣で出番がなかったMF柴崎は、先発メンバーがランニングで調整するのを横目にミニゲームなどで汗を流した。指揮官はこの2試合で全選手の起用を明言しており、代表デビューが決定的な次戦のベネズエラ戦へ、22歳が静かに牙を研いだ。
「ゲームメーカータイプの選手がいなかったと思う。出場すれば、試合を作る役割をやりたいと思って見ていた」
ウルグアイ戦をベンチで見守った際の心境をそう明かした。日本代表は慣れない4-3-3の新布陣で臨み、0-2で完敗。新体制初戦とはいえ、短いパスをつないで連係で崩す日本らしさが見られず、「チームを動かすのが得意」と自任する柴崎はもどかしさを感じていた。
ブラジルW杯まで司令塔を担った34歳のベテランMF遠藤保仁(G大阪)は招集外。後継者として、視野が広く精度の高いパスが持ち味の柴崎に期待がかかる。「決定的なパスというより、その前のビルドアップが大事になる」。日本代表の攻撃をどう再構築するか、すでにイメージは描けている。
チーム内からも司令塔を求める声が相次いだ。DF吉田は「ボールが中盤に入った時の攻撃のアイデアがない。ヤットさん(遠藤)がいないとそういう影響がある」と指摘。DF長友も「FW3人と中盤、サイドバックが連動しないと」と話した。右FWで先発した本田も攻撃の組み立てに課題を感じており、柴崎の起用がチームにいい影響を及ぼす可能性は高い。
柴崎はベネズエラ戦に向け、「効果的な攻撃の構築をできるようにしたい」と頼もしい言葉も。遠藤から背番号「7」を受け継いだ若武者は、アギーレ・ジャパンの攻撃の中心を担う自覚を見せた。 (伊藤昇)
★日本代表・ゲームメーカーの系譜
Jリーグ創生期の1993年ごろはMFラモス瑠偉が君臨、96年ごろからMF名波浩が台頭し、日本が初出場した98年フランスW杯ではMF中田英寿が攻撃の中心を担った。長く日本の攻撃陣を支え、2002年日韓、06年ドイツとW杯3大会に出場。06年は中田に加え10番をつけたMF中村俊輔もダブル司令塔として活躍。その後はMF遠藤保仁が中盤の底でゲームを作る役割を担い、代表歴代最多となる146試合に出場。FW本田圭佑も台頭し、ザック・ジャパンではトップ下に固定された。アギーレ新監督となった5日のウルグアイ戦では右FWで起用され、絶対的なゲームメーカーが不在となった。