〈現役時代の代名詞は「フルスイング」。がむしゃらにバットを振り続けてきた寡黙な男が今季限りで19年のプロ野球人生に幕を閉じた。2度の首位打者に、打点、本塁打と打撃3部門のタイトルを獲得。通算2120安打を記録した。その泥臭いプレースタイルはガッツの愛称で多くのファンに愛された。今オフに中日の2軍監督に就任。打の求道者が「育成」に力を発揮していく〉
プロ入りしてからは「1年1年が勝負」と言い聞かせ、人並み以上の練習の積み重ねで19年になりました。引退を決意すると「よくやったな」という思いや「この日が来たな」という思いなどが交錯していましたが、今はスッキリした気持ちです。
〈9月21日、ナゴヤドームでの巨人戦。現役最後の打席はレフトフライに終わったが、最後までフルスイングを貫いた。古巣の元同僚、高橋由伸氏(現・巨人監督)から花束を贈られるなど両チームの選手から祝福された〉
フルスイングというと「めちゃぶり」のように勘違いする人もいますが、全身を使って振り切ることが原点。バットの芯にボールが当たらなければ、どれだけ強く振っても意味がない。ため込んだ力をしっかりとボールに伝えることにこだわってバットを振ってきました。
〈卓越したバットコントロールから生み出される強打で定評があった。チームの勝利のために鬼気迫る表情でバットを振り、努力を重ねることをいとわなかった〉
もう、がむしゃらに練習するしかない。うまくなりたい、強くなりたいという気持ちが根底にあったと思います。引退会見でもプロ野球人生で一番の思い出について聞かれましたが、一つ一つが大きすぎて、何が一番かを挙げることができない。良い結果だけでなく、失敗やミスを含めて、今の自分があると思っています。
〈日本ハム時代の2006年、リーグ最優秀選手(MVP)を獲得、チームの主軸として日本一に輝いた〉
振り返ると、(歴代で)一番という数字が自分にはない。上には上がいて、誇れるような記録を持ち合わせていませんが、リーグ優勝や日本一の瞬間というのは、いつも格別なものがありました。苦楽をともにしてきたチームの全ての人たちで喜べる。そこが一番ですね。
〈現役生活の終盤の2011年、プロ野球はボールが飛びにくいとされた「統一球」を導入。時期を合わせるように打撃が下降した〉
体力が落ちたことも影響しているし、そこにフォーカスしてほしくありません。全ては自分に力がなかったことに尽きます。最後までフルスイングで終われたことが誇りです。中日での2年間も「代打」という与えられたところで自分の力を最大限に発揮することに集中しました。ベンチで戦況を見つめて、先々を考えて準備をしたり…。試合に出ていない時間も有意義に過ごせました。ドラゴンズでプレーすることがなければ、こうして中日の2軍監督に就任することもなかったでしょう。(聞き手 田中充)
小笠原道大
おがさわら・みちひろ 1973年10月25日、千葉市生まれ。7歳から野球を始め、千葉・暁星国際高からNTT関東を経て97年にドラフト3位で日本ハムに入団。2002、03年に首位打者、06年は本塁打王と打点王を獲得し、巨人、中日でもプレー。セ・パ両リーグで最優秀選手(MVP)に選出され、通算2120安打。15年で引退後、中日の2軍監督に就任。