お茶を丁寧にいれる心が、守備の基本動作にもつながる-。広岡さんの教えで、V9メンバーになることができた 栄光の巨人軍V9メンバーで、長嶋茂雄と三遊間を組んだ黒江透修(ゆきのぶ)氏(76)=野球評論家。35歳で現役を退いたあとは、コーチとして長嶋はじめ、広岡達朗、森祇晶、王貞治らの名将を支え、6球団で通算12度のリーグ制覇、4度の日本一に輝いた。波乱にとんだ名参謀の人生における失敗とは-。
その一言をきっかけに、僕は巨人でレギュラーをとり、V9のメンバーになれた。今思えば、貴重な失敗だったね。
「オマエ、何だ、そのお茶のいれ方は! だからダメなんだ!!」
1965(昭和40)年秋の宮崎キャンプ。日向灘に注ぐ大淀川沿いにある江南荘。1階の6畳間に広岡達朗さんの怒号が響いた。
プロ入り2年目、26歳の僕は、6つ上の遊撃の大先輩、広岡さんと同室となった。部屋にはONはじめ、そうそうたる顔ぶれが訪ねてくる。新米の僕が客人に都城茶をいれたとき、広岡さんのカミナリが落ちたというわけだ。天下の巨人軍に入って、お茶のいれ方ひとつで怒鳴られるとは思わなかったね。
広岡さんには、こう説かれた。急須から湯飲みに注ぐ最後の一滴においしさが凝縮されている。しっかりと注ぎ切らないと急須の中で茶葉が開いて渋みが出て、2煎目以降がおいしくなくなる-。僕には、当然そんな心得はない。
道具や衣服など常に整理整頓。休日には正座して尺八を吹く。修行僧のような広岡さんは、無頓着な後輩に我慢がならなかったのだろう。