1997年から2年間、阪神で3度目の指揮を執った吉田監督 1996年10月5日。阪神の次期監督に吉田義男さんが3度目の就任をすることが決定的になった。
阪神の取材なら〝地の果て〟でも向かえ!
トラ番記者がそう教え込まれるのは、今も昔も変わらない。
いざ、ヨッさんの元へ向かわん…と調べたら、なんと渦中の人は花の都・パリに滞在中。フランス代表監督を退いた後も、日仏の架け橋として大活躍していた。
ただ、フランス…。
〝地の果て〟といっても、日本国内や、野球が盛んな米大陸までは予想できても、さすがに想定外の場所だった。
ホンマに明日、行くんですか!?
当然や!
やがて、会社の大金庫(?)から帯付きの札束が出てきて、手渡されたトラ番は翌朝に電撃渡仏。実はその時点で、吉田さんはどこに宿泊していて、どこに行けば会えるかも分かっていない状況だった。無鉄砲にもほどがある!?
パリに到着したトラ番からの連絡で分かったのは、その日(10月6日)が凱旋門賞のレース当日だったこと。世界一を決めるレースの存在はもちろん知っていたし、映像で何度も見たこともあった。が、歴史あるレースが10月の第1日曜日に開催されることは、その時に初めて認識して、以後、ずっと記憶に刻まれた。
ことしも、凱旋門賞の季節なんだなぁ。
そう思うと、感慨深い。